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カテゴリー「読書メモ」の記事

エーリッヒ・フロムの言葉

利己的な人は、自分を愛しすぎるのではなく、愛さなすぎるのである。いや実際のところ、彼は自分を憎んでいるのだ。

もし自分自身を愛するのであれば、すべての人間を自分と同じように愛している。他人を自分自身よりも愛さないならば、ほんとうの意味で自分自身を愛することはできない。自分を含め、あらゆる人を等しく愛するならば、彼らを一人の人として愛しているのであり、その人は神であると同時に人間である。したがって、自分を愛し、同時に他のすべての人を等しく愛する人は、偉大で、正しい。

 


 

 

歳をとると…

高齢になると「動作が鈍くなる」「体力がない」「もう年だから…」

本当? 人が作り出した言い訳?

『現実はいつも対話から生まれる』には以下のような記述があります。

体力の低下は主に身体活動が減ることによって起こるものでありその逆ではないことが研究によって示されています。要するに、私たちが持つ潜在体力は、歳と共に劇的に低下するわけではありません。むしろ、歳と共に体が衰えるのは、活動的ではなくなることが主な原因なのです。

高齢者は活動レベルを維持することで、血圧の低下や不安の軽減、睡眠パターンの向上、骨の強化、心肺持久力の向上などの効果を得られ、体のほとんどすべての箇所が、より健康で強くなります。早死を誘発する可能性のある「私はもう歳だから……」という、よく使われるディスコースに甘んじることさえなければ。


 

 

そう信じれば、それは存在する

「合意的現実(consensus reality)」とは、それが存在することをほとんどの人が信じているから現実だとみなされる物事、または 状況を意味する。

モノを考えない人たちは統治しやすく、簡単に抑えつけておける。

信じるためには、それ相応に調べたり、自分なりに考えたりする必要があるであろう。
「しっかり自分で考える」、そして行動する。

 


 

 

自ら考えることの大切さ

自分でしっかりと考えることをしなければどうなるだろう。その結果は次のいずれかだ。

他人の真似をする。

他人の考えに沿って生きていく。

他人の指図のまま、他人から要求されるまま生きていく。

自分で考えなければ、いずれ自分を見失うだろう。そういう人は意外とたくさんいるものだ。

 

印象に残った言葉:

「考えること」は、自分自身が「変わること」

 



 

 

「生きがい」とは何か

オンライン読書会で、全6回・2か月にわたって『「生きがい」とは何か−自己実現へのみち−』を読みました。

20歳ごろに読んだ本を改めて読みましたが、当時読み飛ばしていたところが心に響いたり、しっかり赤ペン引いていたところを見て、こんなことを気にしていたんだなとか、悩んでいたんだなと、振り返ることができました。

ある目標に向かって成長し続けていない場合には、そこに足踏みして留まるだけではなく、病的状態や絶望に陥り、最後には自分や他人への破壊活動に変わっていく。

(中略)

虚しさと無力感は、遠からずして、苦痛に満ちた不安及び絶望に辿り着く。そして価値観を喪失し、人間性がなくなり、いじけて、権威主義に服従することになってしまう。

「生きがい」に気づけるきっかけを与えてくれるだけでなく、生き方を振り返る機会を与えてくれる本です。

答えを与えるノウハウ本が多い中で、自分で考える力をつけるのに良い本だといえます。その後、行動するかどうかは自分次第ですが。

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『寝ながら学べる構造主義』

人々が独裁者を恐れるのは、彼が「権力を持っているから」ではありません。そうではなく、「権力をどのような基準で行使するのか予測できないから」なのです。

会社等の組織において、厄介な上司がいる人は、上司が「何を基準に仕事しているかわからない」「何を依頼してくるかわからない」と理解すると、しっくりきます。
上司の部下への説明不足や共感力不足は感じることかがあります。改善を待つより、自分で上司に仕事の目的や基準を聞いて進めていくと、少しは上司との関係も改善するかもしれません。

と言いつつも、会社も「誰に権限を持たせたら良いか」もうすこし真剣に考えてもらいたいものです。