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2015年1月の9件の記事

実技試験、がんばってください!!

産業カウンセラーの実技試験です。

クライエントのためを想ったカウンセリングを心がけてください。

実技試験対策にご参加いただいた方々は、ぜひその時の気づきを生かしてください。

誰でも緊張しますから、緊張しながらも相手のことを思ってください。

(おなけん)

親と子とゲームの関係

今、小学生の間では「妖怪ウォッチ」というアニメと共にゲームも流行っている。

うちの子は流行に乗るのが嫌いという変わり者なので、他のソフトは持っているけれども、妖怪ウオッチは持っていない。アニメをテレビで見ているだけなんですが、じゃぁ、ゲームはしないのかといえば、そんなことはない。一日平均すると、軽く2~3時間はやっている。

上の子にいたっては、来年は受験なのに、下の子と一緒にゲームをして、一日一時間なんて、ルールはどこへやら。「宿題が終わったからー」と下の子がゲームをしていると、上は「見ているだけだからー」とずっと見て、ついでに自分もやっている。

注意をしても、「じゃぁ、これ終わったらね」といって、いつまでもだらだらと続けている。クリスマスプレゼントに「やっぱ妖怪ウオッチ、買ってもらおうかなー」なんて下の子が言いだしたのを却下してよかった、と心から思っている次第。

そんなだから、当然上の子の勉強ははかどらない。毎日注意するわたしはこの繰り返しに疲れ果て、ゲームを家からなくそうと夫に話したら、上に付き合わせてゲームを無くすのは下が可哀想だといわれてしまった。

ゲームが無くなることは子供にとって可哀想なのか? わたしは大いに疑問を持って今、書いている。

ゲームの弊害は数限りなくあるが、利点をあげるとすれば、それは子供を黙らせることができる点。いいところはもうこれにつきる。例えば、病院での待ち時間、電車の中の移動時間。こうした場面で子供を静かにおとなしくさせておきたい時、ゲームは有効だ。あるいは、上の子の保育参観や発表会の時も、ゲームを与えておくと、静かに暇をつぶしてくれるので、ありがたい。

こうして下の子はゲーム漬け。これはもう仕方がないな、と思ってしまう。だけど、そんなゲーム漬けにされた子供たちを見て、「これはいけない」と、ゲームを取り上げることは、大人の勝手な判断で、「可哀想」なことだろうか。

友達と外で遊ぶ時間を吸い取り、勉強する時間を奪い、他に考えたり遊ぶことをすべてやめさせてしまうゲームをなくすことが、そんなに可哀想???

大人だって、気晴らしにと、タバコや酒なんかの嗜好品をたしなむのと同じように、子供にも気晴らしがいる、と。つまりはそういうことか? 

だけど、そんな気晴らしがないとやっていけないようには見えないし、むしろない方がよさそうに見える。夫のいう可哀想を真に受けて、この状態を続けていて、いいのだろうか?

更なる夫の言い分としては、わたしがゲームの時間を管理すればすべて解決するのだという。一時間と決めさせたら一時間で切ればいい。それだけのことだ、と。

それか、もういっそのこと、自分で管理しきれず、ゲームさえやっていればいというのなら、やらせておけよと。本人にとって、受験なんて大したことないと思っているんだろう。失敗したっていいと思っているから、勉強よりゲームをしているんだろうから、やらせておけばいいとさえいう。

ゲームのために、勉強しないことを注意せず、好きなだけゲームをやらせるんですかい。

飽きればやめるだろうという意図だと思いたいけれど、これがまた、うちの夫もゲーム大好きだから、すぐに新しいソフトを買ってくる。だから、飽きたら、また新しいソフトをやって――と、この状態がえんえんと続く。

あんまり夫を責め口調で書くとあれですが、困ったもんです。

自己管理をさせろといってもねえ。子供が己を律するようになるまでには時間がかかるし、そもそも新しいソフトを買い続けているんだから、自己管理も何もあったもんじゃない。親がそのダメっぷりを助長しているとは思わないんだろうか。

とりあえず、新しいソフトは買わないといっているので、まずはよしとして。子供たちには、母の考えを話すことにした。

すると。

兄は「WIIはやらない」とだけいい、弟の方は「兄がゲームを見ないようにすればいいんだから、テレビをつけなきゃいいんでしょ。今度からDSにするよ」というわかったような、わからないような解答をもらって、昨日からDSをやっています。WIIは一時間やりました。

これって、意味があったか……? 母の悩みは続く。

試験お疲れ様でした。

産業カウンセラーの学科試験、お疲れ様でした。

振り返らず、後は結果を待ちましょう!(と書きつつ、試験について何か情報があったらお教えください)

実技試験を控えている方は、体調管理に気を付けてあと少しがんばりましょう。

今日はのんびり休んでください。

お疲れ様でした。

(おなけん)

試験、自分を信じてトライしてください。

いよいよ25日は、産業カウンセラーの学科試験です。

今日まで勉強してきたことを信じて、自信をもって試験に臨んでください。

試験では、知らない問題も出題されるかもしれませんが、それは他の人も知らないので気にしないでください。

知っていることをきちっと解答すれば合格です。

時計と筆記用具をしっかり持って、試験会場に行ってきてください。

応援しております。

(おなけん)

自分が主体

「私はこういう人間だから仕方がない」や「○○さんに、こう言われたから私はこういう人だ」と自分で思い込んでしまう人がいます。

そんな時は、その都度

「私はどうありたいかということを、自分で決定することのできる存在だ」

と私は思うようにしています。

そして、「自分のしたことは自分で責任をとる」(人のせいにしない)ということを心がけています。

こんなこともフランクルの著書から学びました。

(おなけん)

素敵な大人

昨日のサッカーの練習でコーチがみんなに話していた言葉が耳に残り、タイトルにしました。

「みんな、サッカー以前に荷物はぐちゃぐちゃで、ここを通る人のことを考えてないよな? 移動って言ったら、移動は素早くするけれど、コーンやメジャーなんかの道具は無視したまま移動する奴が多すぎる。何人かはこれはどうするんですか? って聞いてきて、荷物も持って行ってくれるけど、それっていつも決まったメンバーなんだよね。そういうの、どう思う?」

こんな話をしていて、最後に「大人になってもそういう奴っていっぱいいるけどさ、でもそれは違うだろう。ちょっと、振り返って、後ろを見てみろよ。お前らはさっさと手ぶらで歩いているけれど、後ろでは荷物抱えて動いてる奴らがいるんだぞ」

まだ若い大学生のコーチですが、しっかりしているなぁ、と思いました。

人のことを考えられる、ちょっと振り返って手を貸してやれる、そういう素敵な大人になってください、はいい話だと思いました。また、そういうことを子供たちに話して聞かせてやれる若い人がいるということも、頼もしい事実です。

ちょっとうれしかったので、書いてみました。

もうひとつ、素敵だなと思ったこと。

成人式の式典で、サプライズゲストとして登場した土屋アンナさんは、「どうしたら幸せになれますか?」という難しい質問に対して、「幸せって、笑顔でいる人のことなんじゃないかな。いっぱい笑って、楽しいことをたくさんつくっていける、そんな人が幸せな人なんだと思う。だからいっぱい笑っていっぱい楽しいことをつくっていける人になれば、幸せになれると思います」と話していたそうです。

わたしは別に土屋アンナさんのファンじゃないけれど、素敵な言葉だなと思いました。

他でも、「やさしさ」についてお正月早々に特集した月刊誌もありましてね、

経済成長も一段落し、今のような成熟した社会では人を思いやり、やさしくあろうとする心がますます大切になっていくでしょう。今はぎすぎすした競争社会で、ともすれば、擦り切れそうになっている人たちが多いけれど、人間は本来みな誰かに優しくしたい優しくされたいということを望んでいるはずです。その人間が本来持っている優しい気持ちを、もっと大切に、もっと後押しできるような温かい世の中こそ、真の成熟社会といえるでしょう――というような内容の記事がありまして、これまた共感。

ちょっと発言者の名前や記事の号数などはうろ覚えで書けなくて申し訳ないのですが、「笑顔でいる」ことや「優しくありたい」という心の在り方は今年のキーワードかな、と勝手に自分で思っています。

メールの終わり方

ふと思うのですが、メールってどこで終わらせればいいか悩みませんか?

例えば連絡事項があって、お知らせの連絡を流しますよね。それはお知らせを知ってもらえればいいだけなので、最後に「返信不要です」ってつけて流していたんです。

だけど、あまりにもしつこく返信不要と書くと、何だか、やっつけで連絡網を流しているような印象を与えたり、受け取った相手は返信したらいけないのか? と思ったり、聞きたいことがあっても問い合わせしにくいというような声があったので、やめたんです。

それで確かに、自分が送った返信不要と書いたメールを読み返してみると、毎度毎度、返信不要と書かれたら、送り付けられた相手はイヤな気持ちになるかもと反省した次第。

だけど。

返信不要と書かれていないと、また「わかりました」「了解です」なんていう返信をつい、送ったりしてしまうわけで、それって、相手の手間を増やしている気がするんですよ。

一言、このメールに返信はいりません、ってつけてあげれば、そんな余計なメールを送らせなくて済むと思ったんですけどね。

長電話と一緒で、この一言がないと、えんえんとメールが続いてしまう。おまけに、そういえば、これはどうするの? なんて返信に質問まで入っていると、これはもうやめられない。

ラインもそうだと聞いたけれど、使ったことがないなぁ。

ただ、あれは会話と一緒だから、質問があっても答えはいつでもいいよという感覚で、時間があるときに返事をすればいいんだとか。

ま、使う相手が幼いと返信がこない! もしかして無視されてる!? なんて気にして、怖くなっちゃう子もいるそうですが。

大人はね、あんまり……というか、わたしは気にしないなぁ。

よほど必要な返信の連絡は早くほしいと思いますけど、それ以外の連絡は、落ち着いた時にきちんと返事をもらったほうがうれしいな。

しょせん、メールもラインも、相手との情報交換や気持ちを伝えるための道具だから、相手に不快な思いをさせないよう、気遣いだけは忘れずに、気楽にやればいいんだろうけどね。

今年の目標

遅ればせながら、今年のことつの目標…(どこかの本で目にした言葉ですが(^_^;))

すぐれた教師は、自らやってみせる。

偉大な教師は、心に火をつける。

凡庸な教師はただしゃべる。

自分にも、他の人にも、火をつけられる人間になりたいと思います。

意味のあること・意義のあることに、取り組んでいきたいです!

(おなけん)

明けましておめでとうございます

遅すぎるきらいもありますが、新しい年がスタートしました。

今日から学校も始まり、ようやく一人でパソコンに向かう時間もできました。

――というのも、家に子供がいると「将棋やろう、ウノやろう、トランプやろう」と遊びに誘われて、ゆっくりできないんです。「おなかが空いた」攻撃もある。

「学校に行くの、面倒くさい」と子供はぼやいていましたが、その背中に満面の笑みを送ってしまった。

お正月の間、子供に誘われてすごろくをした時のこと。

「ビッタリの目が出るまでゴールしたらダメだよ」というルールを指定され、言われた通りに遊びに付き合ったのですが、この「遊びに付き合う」という言葉からもわかるように、大人は子供の遊びに「付き合って」やる、どうしてもそのスタンスから抜けきれない。

たかが、すごろくだけれども、最初、わたしが先にゴールに近づいた。ところが、なかなかちょうどいい目が出ない。そこへ子供が追いついてきて、ついにはわたしが「振り出しに戻る」のところに止まって、最初からやり直す羽目に。それを見た我が子は「あはは」と笑っておなかを抱えている。

「これがあるから、面白いんだよね」と。

ところがこっちは、早く終わりにしたいだけだから、あんまりうれしくない。そして。ふりだしに戻った私は「負けでいいから」と途中でやめようとすると、「ええ」と不満顔をぶつけられた。

やりたくもないゲームをやって、負けとわかっている勝負に時間をつぎ込むのは不快だし、時間の無駄だ。そうわたしは考えてしまうのだけれども、子供には、この勝負の行方がどうも楽しいらしい。行きつ戻りつを繰り返すこの無駄な行為を見るたびに、彼の笑顔がこぼれていた。

わたしはそれを不思議な思いで観察した。

子供には時間の感覚が大人と違うのか。それとも勝った者の余裕か。いやいや、負けていた時も、子供はルールに従って、また追い越し追い越されを楽しそうにやっていた。抜きつ抜かれつのすごろくが楽しいのだ。その感覚を親の私と一緒に楽しみたいのかもしれない。

そう思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになるのだが、なったとしても、わたしは楽しめない。そもそもこのゲームをやりたくないし、無理やりやらされているだけだから、「やらされている」感が消えないうちは、何をやっても楽しくない。

早く終わらせたい。

そのことで頭はいっぱいになってしまって、子供との遊びが楽しくない。その事実に罪悪感を感じて、どうしようかとも思うのだが、かといって急にやる気にはなれない。そして、「あはは」と笑う息子が気の毒に映る。一緒に遊んでいるわたしは、ちっとも楽しくないからだ。

一緒に楽しめる子供と遊べばいいのに。

そうも思うのだが、子供はなぜか大人や自分より年上の者とこういうゲームをやりたがり、同じ年の子供たちとはあまりやりたがらない。ルールを説明するのが面倒くさいのか。都合よくうごいてくれる目上の者たちと遊んだ方が楽しいのか。

理由はよくわからないが、「友達を呼んでやれば?」の提案には、「お正月だから誰もいないよ」とか「家族でやりたい」といって、否定的だ。仕方なく、「今だけ、今だけ」という言葉をおまじないのように唱えて、なるべく要求を呑んで頑張り、ようやく昨日、一段落ついた。

いやぁ、めでたい。

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