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2014年9月28日 - 2014年10月4日の2件の記事

交流分析ルポ(二回目) 前編

本日は27日に行われた交流分析の二回目の講座の内容をお伝えしたいと思います。

ただし、長いので前編・後編に分けてお伝えしたいと思います。

この日のテーマは「ストロークとディスカウント」でした。

英語の辞書をひいてストロークとは「打つこと、なでる、さする」とありますが、交流分析では、ストロークの意味をもう少し拡大解釈し、なでてもらったり、話しかけられることも含め、「その人の存在や価値を認めるための言動や働きかけ」と定義しています。

ストロークには肯定的なものと否定的なものがあり、抱擁したり、微笑んだり、褒めたり励ましたりするものが、肯定的ストローク。叩く、無視する、叱る、悪口をいうなどが否定的ストロークです。

日常でよくありますよね。人の悪口を言ったり言われたり、優しくされればうれしい。けれども、無視されると悲しい。こういう人との関わり方から発生するものはみんなストロークなんです。

人は発達段階において、基本的な欲求が備わります。乳児や幼児の時は接触や承認といった肌や心の触れ合いが求められますが、大人になると「時間の構造化」という生きがいの欲求が生じてきます。――といっても、生きがいなんて、とんでもない。生活するのに精一杯で、そんなこと考えている余裕はないわ、という方も多分にいらっしゃると思いますが、(そんなことないかな(^_^.)?)。

本当にそうですか?

心の奥底で、仕事や家庭に、何より人生そのものにおいて、「あぁ、いつまでわたしはこんな風に生きていかなければならないの?」とか「わたしの人生は、こんなはずじゃなかったのに」と後悔や悲しみの念を抱くことはあるでしょう?

これが生きがい欲求です。

なぜ自分の人生を全面肯定できないのか。それは人生に生きがいを求めているからです。今のあなたが生きがいを感じていないから、不満でいっぱいなのです。

交流分析の創始者バーン博士は、人間は退屈ということに耐えられず、次の6つの方法で構造化される(生きがい欲求の形式化)といっています。

1 引きこもり

2 儀礼

3 暇つぶし

4活動

5心理的ゲーム

6親密な交わり

時間の構造化は、「ストロークを受け取ったり、与えたり、あるいは避けたりする過程」であり、1→6へいくに従って、ストロークの密度は濃くなります。

わたしがこの中でもっとも面白いと感じたのは、「ゲーム」です。

ゲームといっても、テレビやスマートフォンで行うゲームではありませんよ。パターン化された人との関わり方のひとつで、歪んだ性格の持ち主が行うやり口のことです。

ゲームを演じる人は性格形成過程において歪みを生じているんですね。例をあげますと、男なんてみんなケダモノよ! という女性がいたとします。彼女はこれを証明するためにあらゆる男性を誘惑します。そして男性が誘いに応じると、「やっぱり男なんてみんな身体が目当てなのね」と肘鉄をくらわします。彼女は「男はケダモノ」を証明するために男性を誘うのです。そして乗ってきたら断るということを繰り返します。なぜなら、これは彼女のゲームだから。

これは極端な例ですが、わたしたちは案外、人との関わり方にある法則を持っていて、同じようなパターンを繰り返していたりするものです。もちろん、問題がなければそのままでいいのですが、問題を抱えたゲームを楽しむ人はこの歪んだ構造を修正しないと、人間関係に亀裂をもたらし、やがて破綻を迎えます。まずは自分の行動パターンを分析して、問題がないかどうかを確認してみるといいですね。

とはいえ。確認とはどうすればいいのかといえば、自分の頭に浮かぶ最近受けたあるいは記憶に残るストロークをグラフにして、分析するのです。すると自分の行動と思考のパターンに気づきます。ちなみにわたしは自己分析で「とばっちり」を受けやすタイプでした。

簡単に説明しますと、わたしは何となく気の毒に見える人がいると、同情して、何かしてあげようとするんですね。でも、感謝されればうれしいけれど、何かしてあげても感謝どころかくってかかってきたり、それどころか、怒り出す人もいて、とんだ目にあった、ということがありました。でも、こういうことって、一度だけじゃない。ということは、何か問題があるわけで、感謝されなかった時点でもう手を引くか、あるいは変に同情しないとか。気をつけるべき点が見つかるわけです。

自分のこういう傾向を知っておくと、また気の毒な人が来た時に気をつけようという心構えができます。同じ負の連鎖を繰り返さないようにと自分で喚起できるのです。

簡単にですが、以上がストロークについてです。

次回は「ディスカウント」についてお話します。長文を読んでくださり、ありがとうございました。

交流分析ルポ(一回目)

皆さん、初めまして。

今日はおなけんではなく、代理人のわたし、ハロが書かせていただきます。よろしくお願いします<(_ _)>

先々週の13日に行われた交流分析の講座についての報告です。

ところで。話を始める前に皆さんは「交流分析」って何だかわかりますか? 今から三十年ほど前にエリック・バーン博士という人が始めた「今、ここ」での自分の行動を問題として、その改善をはかり、どうやって人と関わったら上手くいくか、人生を楽しく過ごせるかということを分析し、研究する学問のことで、1976年に日本でも初めての学会が開かれました。

人間の悩みのおよそ6~7割は人間関係というデータもあるように、会社で、家庭で、学校でと、人間関係にまつわる悩みは尽きぬもの。自分の人との関わり方や性質などから、人間関係の種類を分析し、問題があれば改めていくという学問です。まずは一回目に行われた講座の中から、抜粋して紹介させていただきたいと思います。

三つのわたし(一回目まとめ)

人間にはみな自分の内部に三つのわたしを持っています。この三つのわたしは、親・大人・子どもに分けられるのですが、この比率が人によってどれだけ高いのか、あるいは低いのかによって、考え方や態度に差が出るのだそうです。

例えば、親のわたしが高いとします。親(P)は自分の価値観や考え方を正しいものとし、それを譲ろうとしないわたしです。主として良心や理想と関連が深く、子どもたちと生活する上で様々な規則を教えますが、一方でPが高すぎると尊大で支配的な態度を見せたりもし、褒めるよりも責める傾向が強くなります。良い面と悪い面があるのです。では二つ目の要素、大人のわたしが高いとどうなるのか。大人(A)は冷静で知的な判断をします。感情に支配されることもなく、合理性と冷静な計算に基づいて機能します。けれども、一方で「頭でっかち」などという言葉にもあるように、過剰になると、口ばかりの有言不実行型になったり、情熱の乏しい機械人間のような人になってしまいます。最後に、三つ目の要素、子どものわたし。子どもであることは悪いことのように捉えがちかもしれませんが、悪いことばかりではありません。自由な気持ちを表現し、感情が豊かでもあるので、好人物として好まれるのは、この要素が高い人です。ただし、感情表現が豊かで好まれやすい人ではあるけれども、時として冷静さを欠いた判断をしてしまう場合もあり、これは大人のわたしを上手く操る必要があります。

こういった自分の性質をタイプ別に分けて、分析し、職場や家庭などにおける人間関係で後悔や失敗を繰り返さないためにも、場面場面に応じて大人・親・子どもの自分を使い分けていくことを考えていきましょう、というのが一回目のエゴグラム分析を介して行われた講座でした。

わたしは比較的バランスがいいといわれましたが、結果はその日の気分によっても変わってくるそうです。なりたい自分とはどんな自分なのか、どうありたいのか、など。また場面によって使い分けるのも、良好な人間関係には必須です。こんなこと、普段の生活では、あまり深く考えたことがなかったので、自分を見つめなおすきっかけになったような気がしました(気のせいかもしれませんが)。また、自分にはどの要素が足りなくて、どの要素が高まればより満足のいく自分になれるのか。自分に問いかけて理想を追いかけることから、なりたい自分への一歩は始まるのだとか。

あなたがなりたい自分はどんな自分ですか? 

自由な人ですか。それとも冷静に判断できる知的な人? 

参加されなくても、このブログを読んで、はて理想の自分とはいったいどんな自分であろうか? と考えるきっかけになってくれれば幸いです。

(ハロ)

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