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2014年12月の4件の記事

家庭教育学級の話(後)

たいした話でもないのに、だいぶ間が空いてしまいスミマセンでした<m(__)m>

今回のテーマは、「アロマでインフルエンザ対策」と銘打って、参加者にアロマスプレーを作ってもらい、自分の好きな香りで抗菌・殺菌効果も期待できる、という内容の講座でした。

なかなか魅力的な企画です。

「うまいなぁ」と感心して申し込んだのですが、人数は以外に少なかった。三十名もいたかな? というぐらい。講師は一人しかいないから、それぐらいでちょうどよかったのですが、内容がいいだけに残念な気がしました。ま、インフルエンザもすでに流行っていたし、風邪をひいて欠席している人もいたようだし。仕方がないのかもしれません。

近所のママ友を誘ったら、「主人がアロマとか、ああいう香り系が嫌いなのよ。気持ちが悪くなるんだって」という人もいました。確かにわたしもアロマのラベンダーの香りは苦手。

生花のラベンダーだといい匂いがするし、平気なんだけど、アロマやラベンダーティーなんかだと、なぜか、胸がむかむかしてきて、時に吐き気がしてくることも。ちなみに、ラベンダーの効果は殺菌・リラックス・睡眠誘導効果だそうで、香りもいいのだけれど…………

何かやっぱり効果があるから、具合が悪くなったりもするんでしょうね。

合う人にはいいと思う。

話を家庭教育学級に戻します。講師の方は、お子さんもいる保護者の方で、病気予防のできるアロマの話、市販されている「ヴィックスベポラップ」という塗り薬を自宅で簡単にできる作り方等を教えてもらいました。

一例をあげますと、

(材料)・無添加、無香料のワセリンなどのクリーム 30グラム

    ・ティーツリー(4滴)、ユーカリ(6滴)、ラベンサラ(2滴)

これを混ぜれば完成。このクリームを喉元の辺りや鼻の下などに塗っておくと、風邪を引く前ぐらい、ちょっと調子が悪いな、という時に効果があるそうです。

 

今回作ったエアフレッシュナーも簡単。

(材料)・無水エタノール 10ml(ミリリットル).

    ・精製水      90ml.

    ・精油(アロマオイル) 20滴  *これは好きなオイルを混ぜてたらすだけ

これだけです。すごく簡単で、いろんな精油の香りを持ってきてくださっていたので、様々な種類の匂いを知ることができて、楽しかったです。

――て、こう書くと感想文みたいになっちゃうかな。

でも、本当に「どの香りがいいかな~?」なんて、匂いをかぎながら、知らないお隣同士の人と話をするのも楽しくて、仲良くなれた感じ。講師の人も間に入って、これはこういう効果があってね……なんて、教えてくれたのも、うれしかったし。

こういう趣味の講座だと、わきあいあいと楽しくできるからいいな。

産業カウンセラーの講座は本当にお勉強ですけどね。

ただ、講師の方はなるべくわかりやすいよう、話を噛み砕いて説明していると思うし、一人で勉強していてわからないことは説明していると思います。ゲームを取り入れたり、レジュメも用意してくれているので、楽しくみんなが理解できるよう工夫はされているので、なかなかいい講座だとはおもっているのですが……。

これ以上書くと、宣伝になってしまいますかね。でも、わたしも受けてみていいと思ったのは本当です。

ところが。学校の講演会は、料金が安いからか、はたまたそんなもんなのか、話している内容と、お願いしたテーマがちぐはぐで、何だかよくわからないことがままある。

ようするに講師の方に当たり外れがあって、当たるとすごくいい話が聞けるけれど、はずれると、世間話を聞かされて終わってしまうんですね。講座と一口にいっても、講師によっては同じ内容でもずいぶんと差があるのだなぁ、ということはPTAの活動を通して知った次第です。

内容もよくて料金もお手頃な講座がたくさん世の中に出回るといいのですがね。でもそれはあまりにも都合がよすぎるのかな(´・ω・`)

by はろ

将来・未来…

『国家戦略特区』を読みました。以前から堤未果氏などが「国家戦略特区」の危険性を発信されていて、気にはなっていたのですが、本になったので読んでみました。

端的に言って「現状のアベノミクスでは、富む者がより富、貧する者はより貧す。いのちより、企業の利潤が優先される」というものです。

労働環境、医療、農業への影響、さらには先に締結している「米韓FTA」の実態などが記されています。

第1章の浜氏の書かれている「新自由主義と国家戦略特区」だけでも読んでいただけると、現状と将来のシナリオがわかると思います。ゾッとする社会の実現に向けて、着々と進んでいます。小説よりも怖さや怒りを感じると思います。

「規制改革」や「競争」というと良くなるイメージがありますが、それは幻想です。バブル崩壊後から今まで、大企業の内部留保と役員報酬、さらに資本家のゲインが増えただけで、庶民への恩恵はほとんどありません。今後も現状のまま進めば、より顕著になります。

医療は、金持ちしか受けられない。

労働は、海外からの安い労働力の流入で失業者は増加し、既存の社員も低賃金化され、過重労働を強いられる。

農業は、地域・地方の人々から農地を引きはがし、仕事・生きがいを奪い、大規模農場へと企業等の資本家が推進する。のんびりする場所・安らぎの場がなくなっていきます。

韓国FTAについても、アメリカ・多国籍企業に、韓国内で好き勝手されている姿が記されています。韓国の人が一生懸命働いた利益は、アメリカ本国・多国籍企業に流入し、より彼らが富む仕組みができています。

「人道に反する」 そんなことは企業には通じないのです。人が組織している企業ですから通じると思うのですが、それは容易ではないです。

このまま突き進むと、今ですらワーキングプアや失業者、精神疾患の増加があるなかで、次世代はどうなるのかと不安でなりません。

カウンセリングに携わっていると、社会・経済システム自体に問題があるので、個人的な問題・症状が発生していると思わされるものが多々あります。全体の仕組みを改善しない限り、問題は継続します。

まずは、よりひどい方向に向かおうとしている政策にストップが必要です。

ぜひ『国家戦略特区』、第1章か第8章だけでもいいので、読んでみていただければと思います。

(おなけん)

家庭教育学級の話(前)

わたしは以前、小学校で家庭教育学級の副委員長をやっていました。

――といわれても、「は? 何それ?」 って、感じですよね。

説明させていただきますと、公立の小学校では、(もちろん地域によって差はあるでしょうが)年に3回家庭教育学級を行うことになっていまして。

今の小学校では、役員になった母親たちが、講師を呼んで、学校の教室か体育館などを借りて講座を行うんですね。これは市区町村からの命令で行っています。

「命令」と聞くと、公務員の方は反発されるかもしれないけれど、やらされる母親の立場からすると、これは事実上、命令されてやっている。

講演会にかかる費用は、市区町村が推奨する内容であれば、無料。公務員を呼んで行うものはもちろんタダだし、医師・教育者・科学者などの講演は、年に3万円までなら予算をもらえるので、その予算を使って呼ぶことができる。

ただし、講演を依頼した相手側がその講演料で承諾してくれれば、の話。3回講座を行わなければいけないから、当然配分を考えて講座を行うことになる。となれば、呼ぶ相手は必然的に公務員が多くなる。

ま、そんなわけです。

子どもが小学校に入るまで、わたしは今時の小学校がこんな仕組みになっているなんて、知りませんでした。もちろん、震災予防の講座やCAPといった子どもを守るための講座を否定しているわけではありません。ただ、区役所や市民会館でも行われる講座をわざわざ母親たちを使って、各小学校全体でやらせる必要があるのかどうかについては疑問です。

ちなみに趣味的な講座だと予算はもらえない((+_+))。

たとえば、プリザーブドフラワーだとか、お茶・お花の教室、料理教室やアロマセラピーなどは、どれも趣味の講座なので、予算はおりない。だけど、こういった趣味の講座こそ、参加したい人気講座なのにと、主催を任される母親の立場からすると、残念です。

仕方なく、PTAの会費から家庭教育教育学級用に予算が組まれているので、そのお金を使って、せめて最後の一回だけはと、趣味的な講座をPTA会費から捻出して(うちの学校では)呼ぶことが多いんです。

――もちろん、その時の委員さんたちの顔ぶれによっては、趣味の講座は行わない年もありますけどね。

区役所で家庭教育学級の説明を受けた時は、「講座の内容はお任せします。みなさんがタメになると思うものであれば、何でもいいですよ」というのだけれど、予算があるし、仕事を持っている母親が多く話し合いの時間は限られるから、講座の中身はかなり絞られる。

――おのずと見えてくる縮図があるわけですよ。

それでも、お母さんたちはみんな偉い。

「適当にやればいいよ~」なんて言わずに、できる限り、いい講座にしよう! と、話し合うし、あちこちから情報を聞いてきて、講座の内容をしっかり考えてくれる。

その時、今時のお母さんたちって、すごいなぁ、とつくづく感心してしまった。

どこか冷めているダメ親のわたしとしては、その姿勢には頭があがりません。彼女たちが眩しく見えましたよ。

わたしは、今の世の中を、後ろ向きに考え、暗い世相だと思っている。けれども、世の中が全部真っ暗にならずに済んでいるのは、こういう世の中を明るく照らす人たちがいるお蔭なんだなぁって、実感しましたね。

ま、みんながみんな、わたしのように斜に構えていたら、それはそれはイヤな社会になってしまうから、当たり前っちゃぁ、当たり前かもしれませんが。

今回は、もう委員は辞めているけれども、最後の閉め講座が「アロマセラピー」だったので、面白そうだということで、行ってきました。

今日から師走

早いもので、もう12月ですね。

寒い日が続く中、試験勉強に励む方、年末の仕事納めに向け忙しい方、さまざまですが、雑用も増えますよね。

「あぁ、年賀状の準備しなきゃ」「大掃除もこまめにやっておかないと終わらないよねえ。でも今日は寒いし」なんて。

やることはあるのに、進まなくて、言い訳ばかりして逃げて。ダメダメです。

そんな中、サッカーのコーチと話していて、ふと思ったのですが、自分がまだ独身で、さらに若かったりしたら、クリスマスって意識してしまう日かも……。

―-と、思わず昔を振り返ってしまった。

なぜか。クリスマス前後に彼女や彼氏がいないと、寂しくなったりしませんか? それで友達が二人連れで歩いていると、「あぁ、あの子は彼氏がいるのかぁ。いいなぁ」なんて思ったりして。見渡せば、周りは家族やカップルばっかりで。ウソ、一人なのって、あたしだけ? ええ、何でわたしだけ一人? 

そうやって自分を追い詰めて、自分以外の人たちが幸せそうに見えて、みじめになって、一人でいることを責められているような気がして。

なんだか、とってもイヤだった気がします。

コーチが「彼女がいないんですよね」なんて話していて、あぁ、そうかぁ、と。

別に焦ることはないし、縁だし、と思ったけれど、クリスマスに予定もなく一人だとねぇ、なんて苦笑いをしていて、思い出しちゃいました。

むかーし、わたしも。

友達と「みんなでクリスマス会でもしようか」なんて仲のいい子に声をかけると、

「いや、でも女子だけでクリスマス会をやると、来年、再来年と年を重ねていって、抜ける奴が出始めるとさぁ、抜けた奴を恨むようになるから、やめよう」などと言われて、取りやめになった記憶があります。

彼女には想う人がいたんでしょうね。

そうかぁ、と。

わたしには当時誰もいなくて、余計寂しかったような。

普段はそんなに意識していないのに、なぜか孤独を感じる日ですよね。

子どもたちにとってはご馳走とケーキが食べられて、翌日にはサンタさんからプレゼントがもらえるという二大特典がついた素敵な日なのに、年を重ねた途端に嫌な日になるんだから、不思議なものです。

慣れか諦めかはわかりませんが、それなりに年を取ると、クリスマスも新年も、それほど特別な日ではなくなって、その「特別」を感じなくなった時が大人になった時なのかもね。

わたしもねえ。

夫がいても、仕事だといって、遅くにしか帰ってこないことはザラだし、ご馳走を準備して待っていても、「食べてきた」だの、「おなかがいっぱいだからいらない」などといわれたこともあり、若い頃はイラッときましたが、今ではそんな夫の言動にも慣れましたねえ。

唯一、子どもたちが喜ぶから祝うみたいなものです。こどもの日みたいなもん。その子どもたちがいなくなったら、わたしは一人でケーキを食べて、自分のためだけにクリスマス用のご飯を作るだけなんですよ。これって、一人で生きているのと変わらない。

結局結婚していても、子どもがいても、スタンスは一緒。

二宮尊徳の言葉に「年々歳々報徳を忘るべからず」というのがあるんです。

これは、わたしたちは過去・現在・未来という流れの中で生きている。今(現在)があるのは、過去の報徳のおかげであり、将来安心して生活できるためには、現在の勤めをしっかりと果たさなければならないよ、という教えです。

今が不安で、今に疲れて、今をおろそかにして心まですさんでしまうと、未来はもっと悪くなる。未来を少しでもよくするためには、今が辛くても少しでもよくするにはどうしたらいいかと考えて行動し、希望を捨てちゃいけないよと。

よく聞く言葉ですが、これを口にしていってくれる大人は最近見かけないなぁ。未来のために希望を捨てるな、という言葉も。

「希望なんて持ったって、どうせ無駄だ!」っていう反論が怖いからでしょうかね?

疲れている人に、絶望している人にいったら、きっと反発されるに違いないけれど、でも、いわれたら、誰だって本当はうれしいと思うんだけどな。

昔、どこでだか、わたしもこの言葉をいわれたことがあるんですよ。

「希望を捨てちゃいけないよ」って。

もう、その人は死んでいるかもしれない。いわれたのはだいぶ前だし、彼はその当時でもだいぶおじいさんだったから。けれども、その時いわれた言葉だけは自分の中で生き続けている。そして今も彼の言葉は、ここで生きている。

この文章を読んだ誰かの心の中に、もしもわたしと同じものが届いたのなら、きっとまた生き続けるかなぁ。

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