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2011年5月29日 - 2011年6月4日の6件の記事

経済発展がもたらすもの

『いよいよローカルの時代』は、社会人の人に一度読んでいただきたい本です。

そこから、「経済発展がもたらすもの」の節から。

これまでの経済成長や開発という考え方は、人々の幸せを減少させるということが明らかです。経済発展という巨大なプロセには、さまざまな副作用があるから。まず人びとのあいだに激しい競争を生みだし、伝統社会にあった協力関係や助けあいに代わって対立が生まれる。2番目に、それまで日常的にもっていた自然界とのかかわりから、人びとを組織的に切りはなす。3番目は、それぞれのアイデンティティ-自分が何者であるかについての了解-が崩れて、人びとは不安定で不安になる。この3つは相互に関係しあって、個々人の幸せだけでなく。社会全体の幸せを減少させていくことでしょう。そしてそれに輪をかけるように、対立や軋轢。暴力的な衝突などが起こり、平和が脅かされるのです。

自分が、社会がどのような状態にあるのかを、冷静に見るきっかけのひとつになります。

『コミュニティ・スタディーズ』

コミュニティ・スタディーズ』を読みました。コミュニティの理論的及び現実的な面からの捉え方・考え方がよくわかる本で、おもしろかったです。頭の整理にもなり、こう考えるとああなり、ああ考えるとこうなり、みたいな。

そして改めて、大事なことは言葉では語れないということも感じました。著者の言う、あるべきコミュニティの姿は伝わってくるのですが、言葉としては言い尽くせておらず、本をひと通り読んでわかるというものだと思いました。

この本を読もうとしたきっかけは、「はじめに」の次のフレーズです。

問題は、無縁社会の病理の背後に、社会の効率化と人びとのの個人化を最高度まで推し進める競争社会が、厳然と存在するという点である。この事実を踏まえて、無縁社会に代わる新たな「社会」の開示において、「公的なもの」がやみくもに官の肥大化につながらないこと、また「私的なもの」が一方的な「自己責任の強調」に終わらないことがきわめて重要になるとともに、いわゆる「共的なもの」の位置づけがポイントになっている。そして、この「共的なもの」に根ざすコミュニティのありようが、深く問われているのである。

本の後段ではポスト成長社会について記されている。なかなかの良書だと思います。最近、良い本にめぐり合えるな、と感じています。

(おなけん)

『未来を変えるために本当に必要なこと』

未来を変えるために本当に必要なこと』は、カウンセラーの人には、スッと入りやすい内容の本だと思います。また、理解していただきたいことでもあると感じます。内容を簡単に言いますと、「世の中を、「力」と「愛」のバランスで、最善の道を進みましょう」です。

そこから私が気に入ったフレーズ…

他者の関心ごとを理解し、それを自分の課題と結びつけることのできる人は、自分の関心ごとだけを追及する人には与えられない力の源を手に入れることかができる。

他者の利害を認めない創造的な力というものはありえない。同様に、他者のことばかり気にして、完全に自己が失われるならば、健全な愛ではありえない。力と愛は双方向的なものなのだ。

他者とともに前進すること、その歩みを通して、新しい可能性と新しい現実を共創すること。それが私たちにできる精一杯のことだ。

(おなけん)

「おのれ自身を知れ」とは愚の骨頂…

『快楽主義の哲学』を読んで、気になるフレーズを紹介します。

タイトルの小見出しの付いた節から、

自分というものの能力や、その限界を知りつくしてしまった人に、いったい、どんな冒険ができるでしょう。わざわざ自分の本質を制限し、自分の能力の限界を小さくせばめてしまう必要が、どこにありましょう。

自分自身をよく知ろうと苦心する毛虫は、いつになっても蝶にはならないはずだ。

ちょっと極端な気もしますが、突き詰めると、こういうことかなとも思います。自己理解は大事ですが、それ以上に自分に限界を設けないで、将来のありたい姿をイメージすることが大切かな、と思いました。

(おなけん)

運動会

土・日・月と雨で、今日は小学校の運動会でした。

平日なので、お父さんは少ないかな、と思っていたのですが、結構来ていました。児童の半数程度はいたのではないでしょうか。自分の親の世代だとありえなかった光景です。仕事の状況等によるのでしょうが、「変わったな」と思いました。ワークライフバランスの浸透のひとつの現われかと感じます。

写真は撮れなかったのですが、太陽の周りに虹が円形でできていました。さらに、その外にもうひとつ。はじめて見ました。

子どもたちの歓声と幻想的な空を見て、「ずっと続くといいな~」と、ボーっと思いました。

(おなけん)

あっという間

震災後からあっという間に月日が過ぎている感じです。ブログで日々思ったことも書きたかったのですが、毎日がすごいスピードで過ぎていき、書く余裕がありませんでした。ようやく一段落しましたが、また来週からは、岩手県陸前高田市に調査(?)といいますか、今自分たちができることを聞いてきます。また現状を、マスコミではない視点から見て、みなさんに知っていただく・支援していただくことも大事かと思っています。
私の中では、それと並行して、改めて「豊かさ」ということを考えています。今、宮城県での復興案に「水産特区」が浮上していますが、旧来の漁業の仕組みを変え、株式会社の参入を促し、効率化するというものです。確かに旧来の仕組みは非効率な面はあるかもしれませんが、そこには漁業者や地域住民のふれあいや、損得ではない人間関係がありました。このような中に、株式会社が参入することは、地域の「時間」を破壊することにもなるし、乱獲・資源の枯渇という問題も引き起こします。株式市場を思い出してください。自己利益の最大化を目指した株式市場はバブルの生成と崩壊のくり返しです。これと同じようなことを漁場で展開されたらどうなるか…
魚はいなくなります。
「そんなことないよ」と思うかもしれませんが、秋田のハタハタにしても、地域によっては捕れなくなっている魚が実際にあります。まして企業が参入したら、捕り尽す可能性があります。
そもそも株式市場で何度同じことを発生させているか。
「そんなことないよ」とは言えないんです。
それと、TPPの動きもまた出てきているようですが、これも断固として反対すべきでしょう。マスコミは財界側ですから、「賛成」を煽りますが、国民側からするとマイナス面が多いです。この点は本なども出版されているので、自分自身の視点で考えていただきたいと思います。原発問題をはじめ国民が知りませんでしたでは許されない世の中になってきていると痛感します。「国に任せておけば…」というのは楽だったのですが…。
自分自身で考えることは大切だと思います。
経済成長て本当に必要なのか、自分たちのしていることは自分たちの幸せにつながっているのか…。おそらく考えないで、人任せが楽だと思います。でも、そんなことは言ってられなくなったというのが、「今」ではないでしょうか。

(おなけん)

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