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2011年6月の6件の記事

6月の勉強会のお知らせ

6月25日(土)~全7回 交流分析士2級養成講座

(ライフサポート・サークル)

『いよいよローカルの時代』より

「リープフロッグ理論」とは

発展途上国が、エネルギー多消費・化学物質依存の先進国と同じような技術を追い求めず、持続可能な方法によって、いわゆる先進国をカエルのように飛びこえ、環境先進国として成長すること。

経済発展がもたらすもの

『いよいよローカルの時代』は、社会人の人に一度読んでいただきたい本です。

そこから、「経済発展がもたらすもの」の節から。

これまでの経済成長や開発という考え方は、人々の幸せを減少させるということが明らかです。経済発展という巨大なプロセには、さまざまな副作用があるから。まず人びとのあいだに激しい競争を生みだし、伝統社会にあった協力関係や助けあいに代わって対立が生まれる。2番目に、それまで日常的にもっていた自然界とのかかわりから、人びとを組織的に切りはなす。3番目は、それぞれのアイデンティティ-自分が何者であるかについての了解-が崩れて、人びとは不安定で不安になる。この3つは相互に関係しあって、個々人の幸せだけでなく。社会全体の幸せを減少させていくことでしょう。そしてそれに輪をかけるように、対立や軋轢。暴力的な衝突などが起こり、平和が脅かされるのです。

自分が、社会がどのような状態にあるのかを、冷静に見るきっかけのひとつになります。

『コミュニティ・スタディーズ』

コミュニティ・スタディーズ』を読みました。コミュニティの理論的及び現実的な面からの捉え方・考え方がよくわかる本で、おもしろかったです。頭の整理にもなり、こう考えるとああなり、ああ考えるとこうなり、みたいな。

そして改めて、大事なことは言葉では語れないということも感じました。著者の言う、あるべきコミュニティの姿は伝わってくるのですが、言葉としては言い尽くせておらず、本をひと通り読んでわかるというものだと思いました。

この本を読もうとしたきっかけは、「はじめに」の次のフレーズです。

問題は、無縁社会の病理の背後に、社会の効率化と人びとのの個人化を最高度まで推し進める競争社会が、厳然と存在するという点である。この事実を踏まえて、無縁社会に代わる新たな「社会」の開示において、「公的なもの」がやみくもに官の肥大化につながらないこと、また「私的なもの」が一方的な「自己責任の強調」に終わらないことがきわめて重要になるとともに、いわゆる「共的なもの」の位置づけがポイントになっている。そして、この「共的なもの」に根ざすコミュニティのありようが、深く問われているのである。

本の後段ではポスト成長社会について記されている。なかなかの良書だと思います。最近、良い本にめぐり合えるな、と感じています。

(おなけん)

『未来を変えるために本当に必要なこと』

未来を変えるために本当に必要なこと』は、カウンセラーの人には、スッと入りやすい内容の本だと思います。また、理解していただきたいことでもあると感じます。内容を簡単に言いますと、「世の中を、「力」と「愛」のバランスで、最善の道を進みましょう」です。

そこから私が気に入ったフレーズ…

他者の関心ごとを理解し、それを自分の課題と結びつけることのできる人は、自分の関心ごとだけを追及する人には与えられない力の源を手に入れることかができる。

他者の利害を認めない創造的な力というものはありえない。同様に、他者のことばかり気にして、完全に自己が失われるならば、健全な愛ではありえない。力と愛は双方向的なものなのだ。

他者とともに前進すること、その歩みを通して、新しい可能性と新しい現実を共創すること。それが私たちにできる精一杯のことだ。

(おなけん)

「おのれ自身を知れ」とは愚の骨頂…

『快楽主義の哲学』を読んで、気になるフレーズを紹介します。

タイトルの小見出しの付いた節から、

自分というものの能力や、その限界を知りつくしてしまった人に、いったい、どんな冒険ができるでしょう。わざわざ自分の本質を制限し、自分の能力の限界を小さくせばめてしまう必要が、どこにありましょう。

自分自身をよく知ろうと苦心する毛虫は、いつになっても蝶にはならないはずだ。

ちょっと極端な気もしますが、突き詰めると、こういうことかなとも思います。自己理解は大事ですが、それ以上に自分に限界を設けないで、将来のありたい姿をイメージすることが大切かな、と思いました。

(おなけん)

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