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2010年2月28日 - 2010年3月6日の4件の記事

『幸福の社会理論』③

国内調査の結果:

「幸福感にせいの影響をおよぼす変数の中では、相対的に『家族との関係』の影響力が大きい。つまり『家族との関係に満足している人』は自らを幸福であると考えるケースが多いのである。(中略)この分析結果は、金持ちであることよりも家族との関係が良好であることの方が個人を主観的に幸福にしてくれる可能性があることを示唆している」

「所得は主観的幸福感にせいの影響を与えるが、ある一定以上に所得が高くなると、その効果が弱くなるのである」
「幸福度の低下のかなりの部分は、お金を失うという要因よりはむしろ、心理的コスト(失業は抑鬱や不安を生み出し自尊心の喪失という結果を生む)と社会コスト(失業という状態には不名誉な印象がつきまとう)によって生じている」

『幸福の社会理論』は、幸福について考えさせられる本です。個人の価値観の押し付けではなく、客観的なデータや過去の慣習等を取り上げて説明しているので、とても良い本だと思います。

引用文献:『幸福の社会理論

(おなけん)

『幸福の社会理論』②

「幸せ」とは…

「日本語の『幸せ』とは、元来は、『仕合はせ』『為合はせ』などと表記されるように、ものごとが一致することや、巡り合わせを意味する言葉で、よくない結果も含むものであったが、やがてよい巡り合わせを意味するようになっていった。そこには、自分の意思や努力を超えた力(霊的存在)によって好ましい状態がもたらされるという認識が含まれている。

「昔話は『婚姻を主題とした昔話』と『富の獲得を内容とした昔話』の二つの郡に大別できるとされる」

このように見ると、幸せはフロー的なものに感じられますが、個人的にはストック的なものの方がより幸せだと思います。つまり、結婚できたら幸せ、富が手に入ったら幸せ、というのはちょっと違う気がします。共にいる幸せ、衣食住ができる幸せ、それがより幸せだと思います。今の世の中の風潮は、一過性の幸せを求めすぎている感があります。一過性ではなく、継続し、感じ続けられる今時点の幸せを体感することが大切な気がします。

引用文献:『幸福の社会理論

(おなけん)

『幸福の社会理論』①

幸福の社会理論』を読んで、印象に残ったところを引用したいと思います。

「ある社会の多数の成員の心地よさ=満足=幸福=「善」なるものを間断なく増大させようとすれば、何人かの当の社会の成員は、少なからぬ苦痛をともなう努力をあえてひき受けねばならなくなる」

これは「個人の幸福」と「社会の幸福」が異なるものであり、
「個人の幸福」を各自が優先してしまうと、心ある人は社会を維持するために、他の人の分の負担を引受けるという現象が生じることを言っていると解釈できます。例えば、ポイ捨てはその人にとってはごみがなくなって「良かった」となりますが、それを片付ける人が別にいます。企業の中で高い営業成績をあげる管理者がいますが、一方で、その部下をフォローする管理者がいます。

「個人の幸福」と「社会の幸福」のバランスを取ることが大事だといえます。

(おなけん)

外在化。

あなた自身が問題なのではない。

問題自体はてなマークが問題なのだ!

人は、問題という森の中霧をさまよっている走る人限り、

そこが森の中だとは気がつかない。


問題を自分自身から切り離しロケット手で取り扱える所に置くハートダイヤクラブスペード

少しだけ楽になる音譜

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