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2010年5月30日 - 2010年6月5日の3件の記事

『GNHへ』を読んで

昨日は夕方に届いた『GNHへ-ポスト資本主義の生き方とニッポン-』を読みました。おもしろくて読み切ってしまいました。

「GNH」とは、「Gross National Happiness」の略で、日本語にすると「国民総幸福量」です。1972年に、ブータン前国王が「国民の幸福は経済発展では達成できない」と考え、国の進むべき方向性をGDPではなくGNHに求め、その向上を国家理念として掲げました。これが
GNH登場の背景です。

GDPからGNHへの指標・価値観の変更、つまりはパラダイムシフトは、日本には難しいですが。難しいからこそ、少しずつその取り組みをしていく必要もあると思います。効率を追及し、各自が自分のためというエゴを追及する現状から、目に見えない、そして計れない精神性の向上・重視に方向を変えることは大きなパワーがいるでしょう。しかし、巷のスピリチュアルブームを見ていると、自然にそちらの方向に向かう人々もいるのだな、と感じます。きっと心から求めての行動なのでしょう。

本書の著者は、社会の進化を「農業社会」→「近代工業社会」→「成熟した社会」と提示しています。成熟した社会は成熟した人々が支えるわけですが、その人は「成熟した自我」を持っているとしています。そして、成熟した自我を「自らの不完全性をよく認識し、それを受容し、完全性を装うことなく、また他人や組織や社会の不完全性をほとほよく受容できるレベル。社会の健全な一員であるとともに、社会を穏やかに改革する力を持っているレベル。自己顕示が必要なくなったレベル」と定義しています。

「自己顕示」つまりはエゴの追及・暴走をとめることが各自の課題かと思いました。

本書にはその他幅広い視点から、教育や医療問題等に触れています。良い本だと思います。

(おなけん)


こころのシャッター。

ご無沙汰しておりました、皆さんこんにちは笠井です。         

ここのところ初心者へのインストラクションは難しいと改めて感じます。

我々は既に知っている事を、まったく始めての人に伝えるのです。

ここで重要な事は、話すのではなく伝える事なのです。

つまり「ああ、なるほどね」と思ってもらう、受講者さんの腑に落としてもらうことが大切だと私は考えます。

人間、わからないことを聞いていてもつまらないのですぐシャッターを下ろしてしまいます。

一度下ろしたシッャターを再び明けてもらうのは短い講座の時間では至難の業です。

最近そんな光景を目の当たりにし、

「常に受講者の気持ちをわすれてはいかん!」

と思うのでありました。

『ゼロから考える経済学』を読書中

『ゼロから考える経済学』を今読んでいますが、非常に良書だと思います。一読をお勧めしたいです。

著者は序章でこの本を書くきっかけとなった疑問を提示しています。

「私たち人間にはこれほど偉大な思いやりと理性と創造性があるのに、なぜ私たちの世界では、これほどまでに多くの残酷で無神経な行為や破壊が行われてきたのだろうか」

そして続けます。「何よりも不可欠な人間の仕事、つまり自分や他人や母なる地球を思いやる仕事に十分な価値を置くことができない経済の原則や慣行は、根本的に何かが間違っている」と。

今、半分程度まで読みましたが、このような社会が出来上がった背景・原因に触れているところで、これから各人が何をする必要があるかというような内容に入っていくようです。

卑近な例ですが、小学生の長男の学校の集まりが新学期にありました。その際、役員などを決めるのですが、仕事を持っている母親は「私、仕事があるのでできません」と役員が免除されていました。で、専業主婦の母親たちの間で、役員等が分担されていました。誰も文句を言わず進む姿がとても奇異でした。免除される背景には、「働いているなら仕方がない」、つまり「お金」が第一という考え方がないでしょうか。さらに、仕事を持っている母親の子ども教育に対するフリーライドに対して何のペナルティもないのも不思議です。もし母親たちがみんな仕事をもっていたらどうなるのでしょうか。

日本の女性の年齢別の就業状況を見ると、「M字」カーブを描いているといわれます。そして、これがよろしくないという風潮もあり、女性の出産後の継続雇用の必要性が訴えられています。

学校の例や出産女性への国の政策、そして私たちの見方・受容は、これで良いのでしょうか。これは経済・生産活動を重視した発想ではないでしょうか。

女性が出産後退職しても、一定程度のキャリアブランク後に企業が受け入れる体制(その間の所得保障も含む)や、学校の行事等に優先して参加できる仕組みづくり(例えば裁判員制度のように)等、コミュニティを大事にする、人との関係を大切にする関係づくり、つまり「思いやり」を重視した視点から物事を思考する必要があるでしょう。

何がおかしいのか。結婚して一方の所得だけで生活できない給与形態。まずこれが問題なのではないでしょうか。そして、何よりその「生活できない」という水準が衣食住に困るということではなく、「よそのうち」より生活が裕福ではないという基準であれば、
「生活できない」をクリアするのは難しいでしょう。

「お金」「モノ」ではない尺度で、世の中を見ることは大切だと思います。幸せもそうだと思います。みんな各自幸せなのに、「お金」で比較することによって不幸になる気がします。そばにいる人が元気で一緒にいてくれる、それで良いと思います。

話が支離滅裂になりましたが、最近「必要なところに必要な支援を」と思っています。所得税増税のような話もありますが、税金を支払うのは全然問題とは思いません。一人暮らしの老人や母子家庭、生活苦の人々にお金が使われることは大いに賛成です。それは巡り巡って自分たちの生活の質の向上につながります。でも、今の税金の使途を見ていると、お金のばら撒きや、公害を推進する高速道路の低価格化、などなど。なんかやるせないです。

新たな視点、つまり「思いやり」の視点で、経済社会を再考する時代に来ていると痛感しました。


(おなけん)


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