無料ブログはココログ

« 心理ゲームというやりとり | トップページ | こころのシャッター。 »

『ゼロから考える経済学』を読書中

『ゼロから考える経済学』を今読んでいますが、非常に良書だと思います。一読をお勧めしたいです。

著者は序章でこの本を書くきっかけとなった疑問を提示しています。

「私たち人間にはこれほど偉大な思いやりと理性と創造性があるのに、なぜ私たちの世界では、これほどまでに多くの残酷で無神経な行為や破壊が行われてきたのだろうか」

そして続けます。「何よりも不可欠な人間の仕事、つまり自分や他人や母なる地球を思いやる仕事に十分な価値を置くことができない経済の原則や慣行は、根本的に何かが間違っている」と。

今、半分程度まで読みましたが、このような社会が出来上がった背景・原因に触れているところで、これから各人が何をする必要があるかというような内容に入っていくようです。

卑近な例ですが、小学生の長男の学校の集まりが新学期にありました。その際、役員などを決めるのですが、仕事を持っている母親は「私、仕事があるのでできません」と役員が免除されていました。で、専業主婦の母親たちの間で、役員等が分担されていました。誰も文句を言わず進む姿がとても奇異でした。免除される背景には、「働いているなら仕方がない」、つまり「お金」が第一という考え方がないでしょうか。さらに、仕事を持っている母親の子ども教育に対するフリーライドに対して何のペナルティもないのも不思議です。もし母親たちがみんな仕事をもっていたらどうなるのでしょうか。

日本の女性の年齢別の就業状況を見ると、「M字」カーブを描いているといわれます。そして、これがよろしくないという風潮もあり、女性の出産後の継続雇用の必要性が訴えられています。

学校の例や出産女性への国の政策、そして私たちの見方・受容は、これで良いのでしょうか。これは経済・生産活動を重視した発想ではないでしょうか。

女性が出産後退職しても、一定程度のキャリアブランク後に企業が受け入れる体制(その間の所得保障も含む)や、学校の行事等に優先して参加できる仕組みづくり(例えば裁判員制度のように)等、コミュニティを大事にする、人との関係を大切にする関係づくり、つまり「思いやり」を重視した視点から物事を思考する必要があるでしょう。

何がおかしいのか。結婚して一方の所得だけで生活できない給与形態。まずこれが問題なのではないでしょうか。そして、何よりその「生活できない」という水準が衣食住に困るということではなく、「よそのうち」より生活が裕福ではないという基準であれば、
「生活できない」をクリアするのは難しいでしょう。

「お金」「モノ」ではない尺度で、世の中を見ることは大切だと思います。幸せもそうだと思います。みんな各自幸せなのに、「お金」で比較することによって不幸になる気がします。そばにいる人が元気で一緒にいてくれる、それで良いと思います。

話が支離滅裂になりましたが、最近「必要なところに必要な支援を」と思っています。所得税増税のような話もありますが、税金を支払うのは全然問題とは思いません。一人暮らしの老人や母子家庭、生活苦の人々にお金が使われることは大いに賛成です。それは巡り巡って自分たちの生活の質の向上につながります。でも、今の税金の使途を見ていると、お金のばら撒きや、公害を推進する高速道路の低価格化、などなど。なんかやるせないです。

新たな視点、つまり「思いやり」の視点で、経済社会を再考する時代に来ていると痛感しました。


(おなけん)


« 心理ゲームというやりとり | トップページ | こころのシャッター。 »

日記・コラム・つぶやき 」カテゴリの記事

コメント

コメントありがとうございます。

ご指摘のとおり、学校役員の件に関わらず、既存の運営方法等の改善を検討することは大切だと思います。改善には気力(肉体的にも精神的にも)が必要です。そんなことに関わるのは嫌だ、あるいはそれなら今のままで良いや、というような発想になると思います。そんなときに一歩踏み出す勇気を、自分を含めて必要だと感じています。

それと「どちらも働いていても社会活動に参加できるとよい」というのは同感です。で、いきなりは難しいと思うのでどうしたら良いか。各自の属する会社などへの提言・提案で、変わるかもしけません。

エゴかもしれませんが、自分の子どもに残したい社会に少しでも近づけたいと思っています(*^_^*)

働く母です。
学校役員の件、うーん、この問題は難しいですね。
少なくとも共働き世帯の多くがお世話になる「保育園」では、保護者会の役員はありますし、みなさん嫌がらずに引き受けてます。できない部分は申し出て別の部分で補ったりしあっています。

小学校もひと昔前でしたら「働いているので」も認められたそうですが、最近はそうではないと聞いていたし、引き受けて当然と思っていましたので意外に感じました。
その方の個人的な資質のようにも思われます。なぜ働いているとできないのか、運営方法にも改善の余地があるかもしれません。

一方の所得で生活できるべき、というよりも、すべて収入のために働いているわけではないと思いますし、どちらも働いていても社会活動に参加できるとよいなぁ、と思っています。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/108218/48532433

この記事へのトラックバック一覧です: 『ゼロから考える経済学』を読書中:

« 心理ゲームというやりとり | トップページ | こころのシャッター。 »