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2010年6月の14件の記事

カウンセリングを受けたい方へ

プライベート・カウンセリング(対面カウンセリング)をご提供させていただきます。
カウンセラーは野田味希さんです。
現時のカウンセリングは“女性の方のみ”を対象とさせていただきます。
詳細はこちらをご参照ください。

(ライフサポート・サークル)


顧客とは

今日は東京ドームに野球観戦に行ってきました。

残念ながら巨人は負けてしまいましたが。

野球場にいて思うのは、「ファンを大切にしているな」ということ。

ファンサービスたっぷりのメニューだな、って思います。東京ディズニーランドやリッツカールトンのホスピタリティーやサービスもすごいな、って思いますが、久しぶりにドームにきて、巨人ファンを大切にしているということを感じました。

また、ラミレスのお茶目に緊張している選手へ心配りをしている姿も尊敬しちゃいます。企業にもラミレスのような存在が必要だな(笑)、なんて思ったりしながら観戦していました。

そして、ちょっと前に話題になった「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」を思い出しました。マネージャーと野球部の仲間達がドラッカーの「マネジメント」を参考にして甲子園を目指すという物語ですが、彼らが「顧客」について考える場面があるのですが、これと今日の野球がダブって見えました。

ま、試合がつまらなかったから、余計なことを考えたのかもしれませんが・・・(笑)

(玲)

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哲学

最近は哲学の本も乱読しています。昔読んだものも、今読み直すと当時とは違う理解や感覚があります。様々な心理療法等に触れていると、最終的には「人は何なのか」という哲学的問題にたどり着くような気がします。生きるとは、働くとは、という一般向けの本が本屋に並んでいるところを見ると、世の中的にも自己回帰がはじまっているのかな、と思います。

さて、哲学関係の本で最近おもしろかったのは、『いまこそ読みたい哲学の名著-自分を変える思索のたのしみ-』です。プラトンやルソー、デカルト、パスカルなどの代表的な書を、著者の視点から分析し、紹介しています。入門書としては面白いと思いました。

フォイエルバッハの節の「信仰は信仰をもった人々に対しては善良であるが、しかし信仰をもたない人々に対しては邪悪である。信仰のなかには邪悪な原理が含まれている」というフレーズが気になりました。「信仰」には色々な言葉が当てはまると思います。「信仰」を、ある「宗教」であったり、ある「理論」「思考」などに置き換えると、自分で思考していないモノに傾倒している恐さに気づきます。そして、他者に害を与えているのではと。自分をたまにはチェックすることの必要性を感じました。

またパスカルの「絵画とは、なんとむなしいものだろう。原物には感心しないのに、それに似ているといって感心されるとは」というフレーズは、おもしろいです。自分のモノを見る目のひとつとして取り入れたいと思いました。

今は『これからの「正義」の話をしよう-いまを生き延びるための哲学』を読んでいます。まだ半分程度ですが、なかなか面白いです。

昨日読み終えた『「いいこと」が次々起こる心の魔法 』は、
週末の久しぶりの勉強会講師に向けての自信をつけるために読みました。気軽に読めて、気持ちの良くなる本だと思います。

今日、車内で読んだのは、話題の池上彰さんの『伝える力』です。これも気軽に読めて、今まで見聞した復習になる本です(内容的には目新しいことはないと思いますが、文章の書き方はさすがだと思いました)。池上さんのTVでの話にはいつも感心してしまいます。そして「こういう風にできればいいな」とモチベーションも高まります。

世の中、まだまだわからないことだらけです。自分の好奇心のためですが、少しでも知りたい、考えたいと思います。

(おなけん)


円環的連鎖

皆さん、こんにちは笠井です。

2010年上期の目標にしていた事が達成できちょっと一息です。

又、下期に向けて大きく動く為に一息です。

昔の私だったら「まだまだくれくらい」と自分自身を駆り立てていたでしょうが

交流分析を学んだ今は違います。

一息つけるようになりました。

これって大切な事なんですよ。

そして私にとっては、小さな芽が出た変化の種を大事に育ててきたことなんです。

このように自分自身のやったことに対して「効力感」を持てると

変化する「持続力」がつきさらに変化を促します。

このように心の中に良い円環的連鎖を作ってくださいね。

皆さんの変化の種はすくすく育っていますか?

足柄茶を堪能

昨日は、足柄茶を楽しんできました。おいしいお茶の淹れ方を学んで飲んでみたり、ほうじ茶を作ってみたりしました。

そんな中で1番こころひかれたのは「足柄うまみ茶花里の雫」というすすり茶です。さっそくすすり茶を購入して、家でもと思ったら、すすり茶用の茶器がありませんでした。当たり前のことでしたが、気づきませんでした(-_-;)

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すすり茶の飲み方はこちらで紹介されています。最後に茶葉まで食べるのですが、これがなかなかおいしくて、くせになりそうです。

魚料理の教室にも、今のところ出席中です。先週末には、鮎の塩焼きと鰹の土佐作りでした。鮎は致命的な失敗したのですが、わかりますか?

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(答え)鮎の頭が左向きではないといけないのに、右向いています(-_-;)

最近は、今まで敬遠していた料理が楽しみのひとつになってきました。

(おなけん)


おススメ本『モモ』

久しぶりに楽しくて、おもしろい本に出会いました。

ミヒャエル・エンデの『モ モ』です。

小さい頃に読まれた方もいらっしゃるかもしれませんが、大人の人にもぜひ読んでいただきたい児童書です。

主人公のモモは「傾聴」ができる、一種のカウンセラーのような役割を演じています。読者には、カウンセラーとしてのこころの持ちように気づかせてくれると思います。

ストーリーは「時間どろぼうと、ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語」という単純なものですが、文中のいたるところに「ハッ」と気づかせるものや考えさせる部分があります。

例えば、
「ベッポの考えでは、世のなかの不幸というのものはすべて、みんながやたらとうそをつくことから生まれている、それもわざとついたうそばかりではない、せっかちすぎたり、正しくものを見きわめずにうっかり口にしたりするうそのせいなのだ、というのです」

つぎは少し長いですが、私の好きなセンテンスです。道路掃除のベッポが長い道路の清掃を受けもったときの話です。

「とっても長い道路をうけもったことがあるんだ。おっそろしく長くて、これじゃとてもやりきれない、こう思ってしまう」

「そこでせかせかと働きだす。どんどんスピードをあげてゆく。ときどき目をあげて見るんだが、いつ見てものこりの道路はちっともへっていない。だからもっとすごいいきおいで働きまくる。心配でたまらないんだ。そしてしまいには息がきれて、動けなくなってしまう。道路はまだのこっているのにな。こういうやり方は、いかんのだ」

「いちど道路ぜんぶのことをかんがえてはいかん、わかるかな? つぎの一歩のことだけ、つぎの一呼吸のことだけ、つぎの一掃きのことだけを考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな」

「するとたのしくなってくる。これがだいじなんだな、たのしければ、仕事がうまくはかどる。こういうふうにやらにゃぁだめなんだ」

「ひょっと気がついたときには、一歩一歩すすんできた道路がぜんぶおわっとる。どうやってやりとげたかは、じぶんでもわからんし、息もきれていない」

「これがだいじなんだ」

こんなのんびりと充実した生活を送っている彼らに、「灰色の男たち」が、彼らに気づかれずに「時間は貴重だ-むだにするな!」「時は金なり-節約せよ!」という信念を植えつけていきます。そして、経済的には効率・合理的な社会が築かれていきます。つまり、親が子どもの相手をすること、花をめでること、人を思いやること等々、経済的には無価値なことに目を向けなくなっていきます。のんびりと過ごしていた人々が、あくせくと働く人々に変わった姿の描写は、身近に感じ、恐くもありました。

モモの純粋なこころと活躍を、読んでいただきたいと思います。

(おなけん)

恐山

日本三大霊山のひとつ、恐山に行ってきました(2つは、高野山、比叡山)。
恐山に着くなり、硫黄のにおいが襲ってきます。入り口では入山料を支払って、中に入ります。


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一種独特の雰囲気で、いたるところから硫黄を含んだ湯気が噴出しているのも、不思議な感じでした。

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(おなけん)

キャリア・コンサルタント試験対策のお勧め本

キャリコン試験の勉強にあたって、お勧めの本を紹介したいと思います。

試験全般をカバーしている本としては『キャリア・コンサルティング 理論と実際』となります。決して読みやすくはないですが、協会の本よりは読みやすいと思います。

キャリア理論については、『新版 キャリアの心理学―キャリア支援への発達的アプローチ』が良書です。スーパー、ホランド、クルンボルツ、ジェラット、シャイン、シュロスバーグ、ホール、ハンセン、サビカスの9人の学者の理論が、明瞭に記されています。この本は、読みやすさと内容は良いと思います。

とは言え、一番の基本書は、協会のテキストになります。これを補足するつもりで、上記2冊を読まれてはどうかと思います。


(おなけん)

昨日は、母親からメールが来ました。
「元気かと…」
そして、次の文章が書かれていました。

「親思う 心に勝る親心 
今日の訪れ なんと聞くらん」(吉田松陰)

さらに、今日は大手町のホームにある読売新聞の広告の文章に惹かれました。編集手帳というところに書かれていた記事のようです。

「親が子を思う情はいつの世にも、
『永遠の片思い』であるという。
片思いに応えられる
年齢になったとき、
親はいない。

墓前にたたずめば人は誰もが、
『ばか野郎』となじってもらいたい
親不孝な息子であり、
娘であろう」

親の大切さと大きさを感じました。そして、自分たちは、親の手の上に生きているのだな、と。親は祖父母の上に、祖父母もその先代に。私たちは多くの支えのもとで生きています。それを想っただけでも、なんかあったかくなります。

私は自分の子ども、次の世代をと思います。


(おなけん)

迷える子羊

先日、ブログを読んでいただいている方から、最近の私の記述を見て、「迷える子羊(?)」のよう、というメールをいただきました。そのとおりで笑ってしまいました(^^)

自分は何をしたら良いのか。何をすべきなのか。

そんなことが良く頭に浮かびます。そして、ふと、キルケゴールの3つの実存を思い出しました。

実存主義の提唱者といわれているキルケゴールは、実存について3つの段階を展開しています(「実存」とは、自己の本来のあり方・かけがえのない存在のことであり、「今ここ」に生きる「この」私のことです)。

第1段階は、「美的実存」で、享楽(欲望・本能)を求める段階です。求めても、最終的にはかなうことのないことで、倦怠と絶望を感じます。この感じ方は人それぞれですが、享楽だけを求め続ける人はいないといえます。

この絶望を乗り越えるために、次の第2段階に進みます。これは「倫理的実存」で、精神的な愛情のように、他者への思いやりや義務を徹底しようとする段階です。これも最初は良いのですが、だんだんとすべての他者を思いやることはできないし、自分の力に絶望を感じます。

そんななかで次の第3段階である「宗教的実存」に進みます。信仰によって、本来の自己を回復し、絶望を乗り越えることができるというものです。

今の自分に置き換えてみると、第2段階で行き詰ってる感じです。自分の限界もあるし、理想を言ったところでどうにもならない、自分は何ができるのか…。キルケゴールは次に信仰を挙げていますが、私はそういう方向にはいかないと思います。だから辛いのかもしれませんが^_^; 自分のできることを考えたいと思います。

で、そんなときに何気なくとった本にあった宮沢賢治の言葉が目を引きました。

「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」(『農民芸術概論綱要』)


(おなけん)

平成22年度版・産業カウンセラー試験対策オリジナルテキスト完成

平成22年度に産業カウンセラー試験を受験する人のためのオリジナル・テキストが完成しました。
※平成20・21年度版の改訂となります(内容はほぼ同一です)。
お申込・詳細はHPでお願いいたします。


『GNHへ』を読んで

昨日は夕方に届いた『GNHへ-ポスト資本主義の生き方とニッポン-』を読みました。おもしろくて読み切ってしまいました。

「GNH」とは、「Gross National Happiness」の略で、日本語にすると「国民総幸福量」です。1972年に、ブータン前国王が「国民の幸福は経済発展では達成できない」と考え、国の進むべき方向性をGDPではなくGNHに求め、その向上を国家理念として掲げました。これが
GNH登場の背景です。

GDPからGNHへの指標・価値観の変更、つまりはパラダイムシフトは、日本には難しいですが。難しいからこそ、少しずつその取り組みをしていく必要もあると思います。効率を追及し、各自が自分のためというエゴを追及する現状から、目に見えない、そして計れない精神性の向上・重視に方向を変えることは大きなパワーがいるでしょう。しかし、巷のスピリチュアルブームを見ていると、自然にそちらの方向に向かう人々もいるのだな、と感じます。きっと心から求めての行動なのでしょう。

本書の著者は、社会の進化を「農業社会」→「近代工業社会」→「成熟した社会」と提示しています。成熟した社会は成熟した人々が支えるわけですが、その人は「成熟した自我」を持っているとしています。そして、成熟した自我を「自らの不完全性をよく認識し、それを受容し、完全性を装うことなく、また他人や組織や社会の不完全性をほとほよく受容できるレベル。社会の健全な一員であるとともに、社会を穏やかに改革する力を持っているレベル。自己顕示が必要なくなったレベル」と定義しています。

「自己顕示」つまりはエゴの追及・暴走をとめることが各自の課題かと思いました。

本書にはその他幅広い視点から、教育や医療問題等に触れています。良い本だと思います。

(おなけん)


こころのシャッター。

ご無沙汰しておりました、皆さんこんにちは笠井です。         

ここのところ初心者へのインストラクションは難しいと改めて感じます。

我々は既に知っている事を、まったく始めての人に伝えるのです。

ここで重要な事は、話すのではなく伝える事なのです。

つまり「ああ、なるほどね」と思ってもらう、受講者さんの腑に落としてもらうことが大切だと私は考えます。

人間、わからないことを聞いていてもつまらないのですぐシャッターを下ろしてしまいます。

一度下ろしたシッャターを再び明けてもらうのは短い講座の時間では至難の業です。

最近そんな光景を目の当たりにし、

「常に受講者の気持ちをわすれてはいかん!」

と思うのでありました。

『ゼロから考える経済学』を読書中

『ゼロから考える経済学』を今読んでいますが、非常に良書だと思います。一読をお勧めしたいです。

著者は序章でこの本を書くきっかけとなった疑問を提示しています。

「私たち人間にはこれほど偉大な思いやりと理性と創造性があるのに、なぜ私たちの世界では、これほどまでに多くの残酷で無神経な行為や破壊が行われてきたのだろうか」

そして続けます。「何よりも不可欠な人間の仕事、つまり自分や他人や母なる地球を思いやる仕事に十分な価値を置くことができない経済の原則や慣行は、根本的に何かが間違っている」と。

今、半分程度まで読みましたが、このような社会が出来上がった背景・原因に触れているところで、これから各人が何をする必要があるかというような内容に入っていくようです。

卑近な例ですが、小学生の長男の学校の集まりが新学期にありました。その際、役員などを決めるのですが、仕事を持っている母親は「私、仕事があるのでできません」と役員が免除されていました。で、専業主婦の母親たちの間で、役員等が分担されていました。誰も文句を言わず進む姿がとても奇異でした。免除される背景には、「働いているなら仕方がない」、つまり「お金」が第一という考え方がないでしょうか。さらに、仕事を持っている母親の子ども教育に対するフリーライドに対して何のペナルティもないのも不思議です。もし母親たちがみんな仕事をもっていたらどうなるのでしょうか。

日本の女性の年齢別の就業状況を見ると、「M字」カーブを描いているといわれます。そして、これがよろしくないという風潮もあり、女性の出産後の継続雇用の必要性が訴えられています。

学校の例や出産女性への国の政策、そして私たちの見方・受容は、これで良いのでしょうか。これは経済・生産活動を重視した発想ではないでしょうか。

女性が出産後退職しても、一定程度のキャリアブランク後に企業が受け入れる体制(その間の所得保障も含む)や、学校の行事等に優先して参加できる仕組みづくり(例えば裁判員制度のように)等、コミュニティを大事にする、人との関係を大切にする関係づくり、つまり「思いやり」を重視した視点から物事を思考する必要があるでしょう。

何がおかしいのか。結婚して一方の所得だけで生活できない給与形態。まずこれが問題なのではないでしょうか。そして、何よりその「生活できない」という水準が衣食住に困るということではなく、「よそのうち」より生活が裕福ではないという基準であれば、
「生活できない」をクリアするのは難しいでしょう。

「お金」「モノ」ではない尺度で、世の中を見ることは大切だと思います。幸せもそうだと思います。みんな各自幸せなのに、「お金」で比較することによって不幸になる気がします。そばにいる人が元気で一緒にいてくれる、それで良いと思います。

話が支離滅裂になりましたが、最近「必要なところに必要な支援を」と思っています。所得税増税のような話もありますが、税金を支払うのは全然問題とは思いません。一人暮らしの老人や母子家庭、生活苦の人々にお金が使われることは大いに賛成です。それは巡り巡って自分たちの生活の質の向上につながります。でも、今の税金の使途を見ていると、お金のばら撒きや、公害を推進する高速道路の低価格化、などなど。なんかやるせないです。

新たな視点、つまり「思いやり」の視点で、経済社会を再考する時代に来ていると痛感しました。


(おなけん)


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