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2009年8月の18件の記事

選挙と台風な朝

皆さんこんにちは、笠井です。

今日の朝は「選挙」と「台風」の話題で持ちきりではないでしょうか?

新聞には「自民55年目の落日」と見出しがありました。

私は日曜日がストレングスアプローチの講座だったので期日前投票に行ってきました。

実は私、選挙に行ったのは初めてなんです。

今日は、この気持ちの変化について考えたいと思います。

今回の選挙何故投票に行ったかと言うと「変化への期待」です。

つまり、投票に行ったら何か変わるんではないかという期待です。

いままでは、「どうせ何も変わらないよ」というあきらめです。

期待があきらめを上回った時、投票に行くという行動をもたらしました。

ここで気がついたことは、これはカウンセリングと同じだということです。

つまり、「どうせ何も変わらないよ」という方は先ずカウンセリングにはいらっしゃいません。

カウンセリングに来る方は、何か変わるんではないか、少しでも楽になりたいという

「変化への期待」をもっていらっしゃいます。

さらに「変化への期待」が「変化への確信」になった時、

クライエントはクライエントの望むように変化していきます。

我々カウンセラーはこの「変化への期待」にいろいろな療法・技法をもって応えるものなのだ。

と改めて感じている月曜の朝です。

明日からは9月、それでは今週も楽しく行きましょう!

バーンアウト

今週は、燃え尽き症候群かと思うくらい気力のない状態でした。キャリコンの勉強会を終え、本業の山を越えて、その影響かと真剣に考えてしまいました。で、今になると夏バテだったのかな、と。
久しぶりに辛い状態になると、やはり心配の先取りが生じました。「もしこのままだったら」とか、「あれを今日中に終わらせなければ」などなど(-_-;)
で、自分でそのことが気づけたので、~と悩んでいる自分がいる、と客観視し、今の状態だけを意識するようにしました。つらい体調を、「つらい」とそのまま受け入れると、とても楽でした。「つらい」をつらくないとか、「つらい」が続いたら、とか余計なことを考えないと、心身ともにとても楽になります。
今は、オーバーワークだったのだな、と反省しています。これからは少し注意しながら、仕事等をしていこうと思います。
で、エリクソン催眠や楽しくの勉強会を延期させていただきました。申込していただいた方には申し訳ございません<(_ _)> 私的には、自分が満足できる状態で開催したいので、ごめんなさい。
夏も終わりですが、ちょっと立ち止まって、自分の心身のチェックをしてみてはいかがでしょうか。

(おなけん)


去り行く夏に注意すること

お盆休みが過ぎ、日中は暑くとも朝晩は涼しくなり過ごしやすく感じます。また空も少しずつ澄んできて、残暑の可能性を残しつつも秋の気配を感じるような時季になりました。

今夏は比較的、天候の悪い日が多かったような記憶がありますので、本格的な夏と言うものを感じないまま終わりを告げようとしています。

毎日暑く、猛暑日の連続も堪らないですが、あまり夏らしくないのも何か物足らなくて寂しさを感じます。

春先にこのブログでも書いた記憶があるのですが、冬から春、そしてこれから迎える夏から秋と言った気温差のある季節の変わり目は、体調管理が難しく心身のバランスが崩れやすいものです。夏の疲れや肌寒さ、気だるく感じて何もする気が起こらない、睡眠時間を充分とっても深く眠れない、感傷的な気持ちになりがちになるなど、私としてはあまり良い時季ではないなと感じています。

新型インフルエンザも再び流行しているようですし、これから迎える気温差の大きい季節の変わり目は私自身苦手ですので、いま、ここでの自分と対話をしながら心身のバランスが崩れないように日々過ごしていきたいです。

(大)

気付きとディスカウント

皆さんこんにちは、笠井です。

今日の朝窓を開けたとき何か感じませんでしたか?

私は、「秋の空気」を感じました。

もちろん時間、場所、環境によっていろいろな感じかたがあることと思いますが

私は、このようなその時、その一瞬の「気付き」を大切にしたいと思っています。

しかし、時に私たちは気付いていても、気付いてないフリをすることがあります。

見たくないもの、やりたくないことに気付いていても目をそらす事が。

こんな時、交流分析では「刺激」をディスカウントしたと言います。

ディスカウント、つまり「値引き」です。

ディスカウントは、結局は自分や他人をトラブルや嫌悪の感情へと追い込んでいきます。

又、ディスカウントを指摘されると「防衛」が働きます。

いわゆる「すっぱいぶどう」などもディスカウントで説明ができます。

ディスカウントは、交流分析の中ではなかなか深く扱われない分野ですが

勉強しだすと奥が深く興味深い理論です。

ディスカウントを表にしたもので現在どんなディスカウントが起こっているか調べるものもあります。

御興味がある方は是非勉強してみてください!!

昔のアニメを見て

ここ最近は、子どもたちと昔のアニメや仮面ライダー・戦隊者を見ています。昔のものは今と比べると作りが粗いので、結構臨場感があって、恐い気もします。

さて、昔見ていたデビルマンやキャシャーン、タイガーマスクなどを今見ていると、一人で悪に立ち向かうというものが多いです。自分の正体が知られないように、一人で黙々と…。

一方、今のマンガはワンピースやナルト、ピカチューをはじめ、仲間、さらには周りの人びとを巻き込んで、みんなで何かを達成するという内容のものが多いと感じます。

今の30~40代は案外、子ども時代のアニメの影響を受けて、黙々とひとりで仕事することや、他の人に助けをお願いできないこと、などが発現しているのではないかと考えてしまいました。

すると仲間重視のアニメを見ている、今の20代前半から今の子どもたちは、「長いものには巻かれろ」的な、追従的な傾向が出るのではないかと想像してしまいました。自己主張はする、でも目標や責任はリーダーや会社にお任せ…。

テレビなどのメディアからの長期的な情報受信は、
私たちの思考に影響を与えます。そのような影響から自分を苦しめている可能性があることに気づくことも大切だな、と子どもと一緒にアニメを見ていて思いました。

(おなけん)

今週は焦らず、ゆっくりと

今年のお盆休みは例年より少し長かった影響からか、そのぶんエンジンのかかりが遅い私です(いつも遅いですが・・・)。

お盆休み中は先週のブログで書いたとおり、素直な自分自身で無理をしないで過ごしましたが(いつも、無理して過ごしているわけではありません。念のため。)、その代わりに無理をしなかっただけ緩んでしまい、体重の方が少しアップして、機敏に身体を動かすことができない自分がいます(もしかして、脳の回転も?)。

そんな時は一日も早く、いつもどおりに戻さなければと焦りますが(と言っても、あまり変わらない気もしますが・・・)、焦ったところで何もならないので、全てではありませんが焦らず少しずつできるところは、ゆっくりと慣らしていきたいと感じています。

(大)

休み明けです。

皆さんこんにちは、笠井です。

先週は、御盆休みでブログもお休みさせていただきました。

久しぶりに海に行き、皮がむけていい歳して小学生みたいな腕です。

今月末からソリューション・フォーカスド・アプローチの講習が始まり

その合間に、ベアーズカードを使ったストレングスアプローチの講習も有り

インプットの時期になりました。

又、先日ナラティブアプローチの本を読み、交流分析と共通している所、

カウンセリングやワークで使えそうな所を発見しました。

何かを新しい事を始めるのは今でもワクワクします。

皆さんはいかがですか?

障害者雇用について

障害者雇用という言葉を知っていることと思います。

一定の規模以上の会社は全従業員のうち何人かは障害者の雇用を行うというものうです。

日本の民間企業の場合、全従業員の1.8%の人数と規定しています。

この障害者雇用、実は非常に厳しい現状にあります。どの企業も障害者の受け入れにはある程度の準備が必要です。普通の社員の理解とか、障害者用トイレの設置、車イスが通行できる程度のスペースの確保・・・。

これらの準備にはそれなりの費用とスペースが必要です。さらに実際の障害者の方へどんな仕事を与えるかも考えなければなりません。

こんな現状の中、さらに不景気が拍車をかけ障害者雇用は進まなくなってしまいました。

最近、企業の雇用担当者と話をする機会がありましたが、採用側は1.8%をいっぱいに雇用しているとか、採用努力をしているが採用が難しい、とかと話をする方が多いです。

障害者雇用は1.8%が最低限の目標であり決して制限人数ではないのですが。

現状では障害者雇用の法定雇用率を守らなくても企業に不利益は多くはありません。

このままでは障害者の方は今後さらに雇用されることが難しくなっていくことでしょう。

もちろん雇用される側も努力が必要です。しかし実際にはキャリア形成の場すら与えられない障害者の方もたくさんいます。

お互いがもう少し近づく施策が政府で実施されるといいのですが。

(誠)

スヌーピー2

今回は「エイブラハムJ.ツワルスキー」著の「まにあうよ、いまからでも」という本のご紹介です。この本は、精神科医でもある著者が、「ピーナッツ」を題材に生きることが楽になる12のステップを記載したものです。この12のステップは、もともとアルコール依存症の自助グループ(AA)で使われていた基本原則でしたが、ツワルスキー氏は、生きていくうえで直面するさまざまな問題の解決に有効なのではないかと考えたようです。たしかに、私たちも、いわゆる依存症とまではいかなくても、わかっているのにやめられない状態を少なからず持っていますよね。

ツワルスキー氏の著作では、一貫して「ありのままの自分でいいんだよ」という姿勢です。難しい資料を読んでいると、たまに、こういう本を読んで「ホッ」とする玲でした。

リアリティ・ショック

リアリティ・ショック(現実ショツク)は仕事社会の外から仕事社会へのバウンダリー(境界線)を越える、初職についた直後の仕事世界へのエントリーに生じます。職業人として、理想や希望を抱いて就職したものの、思っていたものと違うといった幻滅感や理想どおりにはいかない現実の厳しさにショックを受けるというものです。これはいわば社会人への通過儀礼のようなものと位置づけられ、だれもがその程度に差はあるもののなんらか感じるショックとされています。

『よくわかる産業・組織心理学』より


休みボケ

昨日まで3日間夏休みをとっていました。海に行きましたが、あいにくの天気で海水浴はできず、室内プールで過ごしました。私的にはゆっくりできてよかったのですが、子どもたちにはちょっとかわいそうだったかな、と思います(^_^.)

で、今日から眠っていた頭を少しずつ動かしています。が、エンジンがかからず、開店休業状態です(-_-;) でも片付ける仕事が山積……。休み明けの仕事の山をすっかり失念していました。毎度同じことの繰り返しに、反省する気すら起こらない状態です。きっと来年も同じことを…。

今年の夏は、近くの子どもたちを連れて、夜の墓地での肝試し&花火を実行しました。夜の墓地は立ち入り禁止だと、終わった後に気づき、ちょっと反省しました^_^;子どもたちにも貴重な体験になったのでは? 今度は夜のかくれんぼでもしようかと計画中です(^^) 童心にかえって遊ぶのは心底楽しいです。

土日は、キャリコン勉強会です。ご参加いただける方、よろしくお願いします<(_ _)>

(おなけん)

お盆休み

先週末からお盆休みの方もいれば、今日からと言う方も多いかと思います。
帰省や旅行と言った、非日常的な時空間を過ごす方が多いとは思いますが、お盆休みが過ぎれば夏バテと言った夏の疲れが出やすくなります。

お盆休みをはじめ、大型連休は日頃の疲れを癒すことができますので、寝たい時は寝る、出かけたくないのなら出かけないなど、心身が求めていることに逆らわず、素直な自分自身で過ごすことは大切だと感じます。

普段、遠出をすることができないからと言う気持ちもわからないわけではありませんし、外出するなと言うわけではありませんが、連休だからと言って心身に負担をかければ、必ず疲労がやってきますので、無理をしないでお盆休みを過ごしてくださいね。

(大)

天災

今日は、台風9号が近づいているため、早めの出勤を予定しておりました。起きれるかなぁと思っていたら、地震で目が覚めました。伊豆地方には休暇のたびに訪れていた場所でもあり、被害が心配です。日曜日にも地震があったので、いよいよ関東地方も危ないかなぁなんて思いながらの出勤でした。ましてや台風も上陸となると被害は増すことでしょう。天災は怖いですね。あらためて、非常事態に備えておくことの大切さを感じた玲でした。

スヌーピー

ひさしぶりにスヌーピーの本を読みました。

「誰だってちょっと落ちこぼれ~スヌーピーたちに学ぶ知恵~」という本です。スヌーピー関連の翻訳をされている谷川俊太郎氏と河合隼雄氏の対談形式で書かれている本です。「ピーナッツ」の中には心の問題を的確に描いているところがあると河合先生もおっしゃっていますが、私も普段はマンガは読みませんが、この「ピーナッツ」は見ているだけで心が温まります。

心理学を勉強していると、どうしても活字の多い本を目にすることが増えますが、時にはこういったマンガも人生のヒントになるとあらためて感じます。「だかが4コマ、されど4コマ」です。文章より描かれたものから得られる印象は強いです。チャーリー・ブラウンが夜、ベッドの中で人生について悩んでいるシーン、ライナスが安心毛布を持っているシーンなどは心が休まります。

心理学を深く勉強する前はこんな感想を持つこともなかったのですが、最近は「ピーナッツ」の奥深さを感じるようになった玲でした。

(玲)

匠な友人

昨日、私が住んでいるところの広報誌が送られてきました。

その表紙を見たら驚いたことに、畳職人をしている高校時代の友人が表紙を飾っていました。

広報誌の表紙は「未来の匠たち」と称して、匠な技術を駆使して天職としている方々を表紙で紹介しています。

彼とは高校2年3年と同じクラスで席も近かったので、授業中は教師の話もそっちのけで、笑い話に夢中になったり、進学の話や淡いながらも将来の夢を語り合っていました。現在でもお付き合いをさせていただいているのですが、今年は残念ながらまだ一度もお会いしていません。

彼は高校を卒業後、進学して淡いながらの夢を次第に濃くして実現したのですが、家の事情でやむなく畳職人への道に・・・。真面目で如才のない彼ですから、日に日に腕を上げていくと同時に顔つきも職人の顔になり、そんな彼を見て感じながら、お付き合いをさせていただいているのですが、表紙を飾っている彼はとてもいい顔をしていて、まるで自分のことのように嬉しかったです。

お互いに歩んでいるフィールドは違うのですが、彼の姿を励みに私も少しずつ精進していきたいと、そうあらためて感じました。

(大)

メンタルヘルス研修を終えて

皆さんこんにちは、笠井です。

早くも?八月に突入しましたね。今年のお盆は高速割引の影響で渋滞が激しそうですね…

さて、私はこの57月まで企業のメンタルヘルス研修の一コマを担当させていただきました。

まずは、セルフケアありき。もっと自分自身をケアする方法を知って欲しいと!と強く感じました。

どんな高い職位を持っていようと人間である事は新入社員と変わらず、自分自身をケアしなければならない。むしろ上司は率先してセルフケアの実践者になるべきであると。

つまり、どんなに有用な講義でもそれを受け止める自分自身がしっかりしていなければ、だだの言葉の羅列や雑音になってしまいかねないのでは無いかと…

今回は、私自身が講師と言う視点と、他の講師の講義を聴くという体験と視点に立てたことが非常に大きな意味があったと思います。

又、改めて「人に教える事は何より自分自身が感じ・考え・学ぶ事」という言葉を思い出しました。

8/23(日)13:30~16:00 人間関係のトラブルはこうして起こる

自己成長のための交流分析講座のお知らせです。

第四回は「心理ゲーム分析」です。

心理ゲームというと一見楽しそうに聞えますが、ここで言うゲームとは一般に言う楽しいゲームとは違い、むしろ不快なものや人間関係のトラブルです。

最近のやりとりで、以下のような 言葉 や 感覚 で終ったことはなかったですか? 

「アア~またやっちゃった」

「も~,何でいつもこうるの」

「おかしいな?最初は楽しかったのに、なんで今は……」

「も~、何で私のことをわかってくれないの…」

その他いろいろな不快感情 不快な感覚 etc….               

やりとりの最後が上記のような不快感で終ったならばそのやりとりは交流分析でいう 心理ゲーム である可能性があります。

このような不快なやり取りの繰り返しは自分自身にストレスを招き、人間関係に支障をきたすかもしれません。

本講座では、このような人間関係のトラブルが何故起こるか、自分のこころの動きを知り、講座内で演習をしながらトラブルへの対処法を身につけていきます。

皆様と会場でお逢いできる事を楽しみにしております!

(ライフサポート・サークル)

『よく生き よく笑い よき死と出会う』を読んで③

引き続き、アルフォンス・デーケン『よく生き よく笑い よき死と出会う』から印象に残ったフレーズなどを紹介します。

・希望への祈り
「神よ、私に変えられないことは、そのまま受け入れる平静さと、変えられることは、すぐそれを行う勇気と、そして、それらを見分けるための知恵を、どうぞ、お与えください」

・マタイ福音書 6章25-34節
「…思い悩むな。…空の鳥をよく見なさい。…野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。…明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である」

・人間には3つの年齢がある。
生活年齢
生理年齢
心理年齢

・主演の俳優が、一番懸命に演じるのは、一幕でも二幕でもなく、最後の第三幕ではないでしょうか。

・「第3の人生」への6つの課題
1.手放す心を持つ
2.許しと和解
3.感謝の表明
4.さよならを告げる
5.遺言状の作成
6.自分なりの葬儀方法を考える

・死とは時間をかけ、努力して磨きあげるべき、「芸術」だという思想が見られます。

・ドイツ哲学では、「文明」と「文化」の区別を重視します。「文明」とは人間の活動の物質的・技術的領域のことで、「文化」とは精神的・内面的領域のことです。

・「もし一人の人間によって、少しでも多くの愛と平和、光と真実が世にもたらされたなら、その一生には意味があったのである」

・多くの人は、悲嘆の体験を単に受動的に堪え忍ぶだけのものと受けとめていますが、悲嘆のプロセスは能動的に達成されるべき課題であり、それをなし遂げるには、本人の積極的な心構えと意欲、そして周囲の人の温かい支えが何よりも大切です。

・死別体験は大変に辛く苦しい体験ですが、もしこれを人生の途上で必ず訪れるひとつの挑戦として受けとめるならば、挑戦への応戦として、貴重な人格成長のきっかけにすることも可能なのです。


(おなけん)


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