同じ結末なら
「たら」、「れば」と言う言葉があります。
『勝負の世界では、「たら」、「れば」は禁句』と言われていますが、勝負の世界にいる人だけではなく、我々にも当てはまるところが多いのではないかと最近あらためて感じています。
半月ほど前になりますが、たまたまテレビを見ていたら、「あの時、こうだったら」、「この時、こうしていれば」と言う後悔の念を排除したくて、当時へ戻れるようにリセットすれば、もう一度やり直すことができますが、やり直した事柄の過程や結末に納得しなければ再度リセットすることにより、現在に戻れると言う番組を見ました。
話の内容は、悲しい結末だった過去の出来事を後悔したくなくて、リセットして当時へ戻り、やり直していくと言う内容でした。
しかし、リセットして当時へ戻っても、過程こそ違いがあるものの結末は同じだったのです。
似たようなことで、雑誌などで「はい(Yes)」、「いいえ(No)」で矢印に従って進める性格タイプ別テストみたいなものがあります。はい、いいえで選択をして進めているうちに、質問によってはどちらとも言えない場合がありますが、結局どちらを選んでも同じ結果だったと言うケースを経験された方もいると思います。
この番組の私なりの感想として、結末が同じであるならば、どちらの悲しい結末の判断と選択が良かったのではなく、どちらが受容できるのかと言う判断と選択が大切なのではないかと感じました。つまり、どちらからも逃れることができないことに対して、自分が許せることができるのはどちらなのか、あるいは納得できるのかなどと言った感じです。
また「たら」、「れば」は否定的な意味合いがありますから、マイナスの事柄が殆どだと思います。人間は時には誤った判断と選択を起こしますから、誰でもそう言う時は辛いですし、苦しいですし、解決までの時間は要するかもしれません。
しかしながら、その受容する判断と選択こそが、最良の判断と選択なのかもしれません。
私も当然ながら、「たら」、「れば」と考えることが多々ありますが、たとえ現実となったことがマイナスの結末だったとしても、それはそれで最良であったと、少しずつですが受容できるようになりました。
(大)
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