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2009年4月の18件の記事

週刊誌のコラムで・1

私が毎週購入している週刊誌(電車内の中吊り広告に駄洒落が書いてある週刊誌です)に、内田 樹氏のコラムが隔週掲載されています。その内田氏のコラムが今週は掲載されていて、それを読んでみたら大変興味深い内容だったので、2週にわたって書かせていただきます。

まず引用させていただきますが、コラムの内容は今春、大学へ入学した新入生に対して、学生生活についての基本的な心得を伝えたことです。

その心得とはひと言で言えば「できるだけ長い時間をキャンパスで過ごすように」と言うことであり、背景として二つの心得があるのですが、一つは「単位を取り過ぎないことが必要である」ことです。1時間の課業について2時間の予復習をすることが想定されていて、1単位を修得するのには課業1時間と予復習2時間の合計3時間に15週を乗じた時間が必要であると言っています。

内田氏は、これを必ずしも空語とは思っていないとコラムに書かれていて、その理由として、1時間の授業が身につくためにはその倍の時間が必要であると言うのは経験に照らして正しい。それは食事の前に手を洗い、ご飯を食べた後は食休みをするのと似ている。知識が全身にゆきわたるには前後にそれだけの物理的な時間が必要なのであると述べています。

私がなぜ、これを大変興味深いと感じたのか。それは脳を活性化させるためには必ずウォーミングアップが必要であり、その後は充分な睡眠等が必要であると、以前、脳に関することを書かせていただいたことと同じだったのが大変興味深いと感じた理由なのです。

スポーツも最大限のパフォーマンスを発揮、維持させるために準備体操やクールダウンが必要であるのと同じで、脳も知識も、もしかして全てに当てはまることかもしれませんが、全身にゆきわたらせて活性化や身につくまでは物理的な時間がとても必要であると感じます。

「単位を取り過ぎないことが必要である」心得の私見ですが、きっと単位を取り過ぎてしまうと勉強と言う物理的な時間が足らなくなり、単位修得と言うものが目的に変化して充分に知識を全身にゆきわたらせることができなくなる。その結果、何ひとつ知識が身につかないまま大学を卒業してしまうのは、将来を見据えて考えれば大変残念であると言いたいのかなと感じます。

つまり、過ぎたるは猶及ばざるが如しと言ったところでしょうか。

(大)

神様はどこか?

確かにお客様=神様という考えは間違っている点が多い。

しかし、世の中のお店は本当に「神様はお客様」という考えなんだろうか?

実は、神様はお客様ではなく「客の財布の中身」である。しかしお金は物を言わない。

モノ言わぬ神を手に入れるためには神様を持っている客を神様とするしかない、という

要するに、昔に比べて、必要とすべきはカネのみ、という考え方がより浸透してしまった最近に、多少お金がかかってもいいものを出すカフェや、多少効果でも心うつ講習会があることはいいことだと思う今日この頃、ソリューションフォーカスの続きを書いてみます。

先週は、

例;100点満点のテストで40点をとりました。

母親はなぜ100点取れないのか?と考えます。

これをSFAの成功の追求の法則では、どう考えるでしょう?

と聞いてみましたが、これは「40点とれたのはどうして?」と聞くことがSFA的な回答です。

このように出来たことに焦点をあてて成功したことはそのまま続ける、が成功の追求の法則です。

みなさんもぜひくよくよしないで、「出来たこと」を考えて前を見ていきましょう。

(誠)

同じ「人間」として。

昨日の内容と関連しますが。

現在、接客を生業としております。

私も「お客様は神様」という考えはありません。

というものの、それにちかい考えだった

こともありました。事実、日々の売り上げが

生活に直結しているのでやはりお客様が

いらっしゃってこそ、と考えざるを得なかったの

です。

しかし、「売上」を重視すると当然犠牲になるものも

あり、「自分」と「店の人間として」との葛藤で、心身

ともに病む結果になってしまったのです。

そこで考えを変えるのに役立ったのが

アサーション。

「自分も相手も大切に。」

この考え方なんです。

商売といえども等価交換である以上、店員と

お客は対等だと思います。

私は「お客」だから・・・という考えはやめて、

「家にわざわざ足を運んでくれた人」をおもてなし

する、という気持ちで接客することにしました。

「わざわざここに来てくださってうれしいなあ」という

気持ちを表すのと同時に、人間対人間という同等の

関係の上での「おもてなしの心」で対応しています。

なのでもし、お客様が人間対人間の関係において

失礼と思われることをなさった場合。

まずお客様にこちらの考えを伝え、それについて

いかがお考えですかですか?と伺うように

しています。

そのお客様はもうご来店されなくなりますが、

私はストレスがたまらなくなりました。

結果、売上は正直落ちましたが、こんな私の

考えに共感してくれるお客様との関係が強く

なり、そんなお客様が「店」の雰囲気をよくして

くださり(お客様が店を大切に思ってくださる)、

その雰囲気に共感してくださる方が新たな

お客様になって、店側の人間である私とお客様が

「人間対人間」としてお互いを思いやることが

出来る店になってきています。

結構時間はかかりましたが、おかげで自分の中

の店への愛情が大きくなりました。

あとは少しでも長く続けられるように経営面を

見直さないといけないのですが、頑張れる活力

をお客様にいただけております。

このいい関係を保っていけるように、これからも

自分も相手も大切に、という気持ちを大切に

していきたいと思っています。

(iwase)

お客様

先日、PCを買い換えようと家電量販店に行きました。
そこで、店員が客からのよくわからない質問や注文に対応している姿が散見されました。明らかに“お客様は神様です”という雰囲気でした。近年の傾向は、客を“お客様”として扱い、甘やかせてしまった感があります。その典型がクレーマーと言えるでしょう。
こうなってくると、わかがままを言った客は“得”という感覚が芽生えてくるような気がします。僕は、個人的にすべての客を“お客様”扱いする店にはなるべく行きたくないと思っています。商品説明は受けられないし、レジは余計なトラブルで進まないし、店員へのクレームや罵倒が聞こえてくると不愉快だからです。
これからの接客業は、客の教育もする必要があると思います。そもそも、店員は丁寧に言っても“店員さん”ですが、客は“お客様”という表現になります。お金を出す方が“上”、つまりはお金を持っている人が“上”という発想があるような気がします。
売り手の方が偉そうというのも問題がありますが、相対での取引ですから、お互いが対等に気持ちよく取引することが大事だと思います。
ひとりひとりがちょっとした思いやりを出すだけで、世の中も少しだけ変わるのではないかと思います。

(おなけん)

同じ結末なら

「たら」、「れば」と言う言葉があります。

『勝負の世界では、「たら」、「れば」は禁句』と言われていますが、勝負の世界にいる人だけではなく、我々にも当てはまるところが多いのではないかと最近あらためて感じています。

半月ほど前になりますが、たまたまテレビを見ていたら、「あの時、こうだったら」、「この時、こうしていれば」と言う後悔の念を排除したくて、当時へ戻れるようにリセットすれば、もう一度やり直すことができますが、やり直した事柄の過程や結末に納得しなければ再度リセットすることにより、現在に戻れると言う番組を見ました。

話の内容は、悲しい結末だった過去の出来事を後悔したくなくて、リセットして当時へ戻り、やり直していくと言う内容でした。

しかし、リセットして当時へ戻っても、過程こそ違いがあるものの結末は同じだったのです。

似たようなことで、雑誌などで「はい(Yes)」、「いいえ(No)」で矢印に従って進める性格タイプ別テストみたいなものがあります。はい、いいえで選択をして進めているうちに、質問によってはどちらとも言えない場合がありますが、結局どちらを選んでも同じ結果だったと言うケースを経験された方もいると思います。

この番組の私なりの感想として、結末が同じであるならば、どちらの悲しい結末の判断と選択が良かったのではなく、どちらが受容できるのかと言う判断と選択が大切なのではないかと感じました。つまり、どちらからも逃れることができないことに対して、自分が許せることができるのはどちらなのか、あるいは納得できるのかなどと言った感じです。

また「たら」、「れば」は否定的な意味合いがありますから、マイナスの事柄が殆どだと思います。人間は時には誤った判断と選択を起こしますから、誰でもそう言う時は辛いですし、苦しいですし、解決までの時間は要するかもしれません。

しかしながら、その受容する判断と選択こそが、最良の判断と選択なのかもしれません。

私も当然ながら、「たら」、「れば」と考えることが多々ありますが、たとえ現実となったことがマイナスの結末だったとしても、それはそれで最良であったと、少しずつですが受容できるようになりました。

(大)

悲しい気持ち

以前、ここでオススメの本としてご紹介したものが、

実は盗用の疑いがあるという記事を見ました。

素直に「ショック」ですね。

「ショック」と聞いて、いろいろなとらえ方があると思います。

わたしが感じたのは、「自分のものではないものを、なぜ自分のもののように表現したのか」という思いです。

「騙された!」という思いもあります。「良い本だよ、と紹介してしまった」という恥ずかしく感じる思いもありますが。

やはり、地道なことの積み重ねが一番だと思います。

カウンセラーも同じです。

わかったつもりでもダメ。クライエントには伝わってしまいます。

時には背伸びしたくなることもあるかもしれません。

でも、まずは自分自身を知り、自分自身が幸せであること。

「自分を大切にすること」を再認識する出来事でした。

ソリューションフォーカスその4

東京では気温もあがり、近くの公園では、家族づれが半そでで遊んでいるこの週末、先週までのSFA3原則について書いてみました。

今日は例題です。

例;100点満点のテストで40点をとりました。

母親はなぜ100点取れないのか?と考えます。

これをSFAの成功の追求の法則では、どう考えるでしょう?

答えは来週です。

(誠)

幸せとは

「私たちはしばしば、幸福を自分の外側に求めている。それは幸福を物のように語ることである。そしてそれは、私たちが幸福であり、幸福が物ではなく私たち自身であることを忘れている」(ベルトラン・ヴェルジュリ『幸福の小さな哲学』)

最近は、日本のスポーツ選手の世界での大活躍が取りざたされていて、「がんばっているんだな~」と良い感じを受けます。努力が実り、幸せだと思います。そんな姿を見て、私たちも幸せな感じを受けますが、それは“本当”の幸せではないような気がします。

やはり幸せは自分自身の中にある思います。ですから、誰かが活躍したから、偉くなったから、というのは祝福はできますが、自分の幸せではないと感じます。

自分の幸せ

それは、健康で、そばには家族や仲間がいて、自分のやりたいことに取り組める。これが僕の今の幸せです。

他の人の活躍などの外部環境ではなく、自分の幸せを確認することは大切かな、と今日の公園での子供たちの笑顔を見ていて思いました。

(おなけん)

不思議な一日でした。

どうしても行きたくなる場所、ってありませんか?

ここ1カ月くらい、「行きたい」と思っていながら

なかなか行く心持になれずのびのびになって

いた場所に昨日行きました。

でも寸前まで、

「どうしようか」

とぐずぐず悩んでいたんですね。

悩むなら止めて、今日は店を開けようかな

と思っていたそんなとき。

以前職場が同じだった人から、2年

ぶりにメールがはいりました。

内容は「どうしてますか」という内容。

読み進めると彼女は精神的に今疲れていて

ご実家に戻っているとのこと。

そしてそのご実家。偶然にも

「私が行きたい場所」

にあるのです。

それは別として、いつも私のことをきにかけて

くれている彼女がそんな状態ということで

どうしても会いたくなり、会いに行くことに

しました。

会って見ると、思いのほか元気そうで

一安心。そして私も彼女のおかげ・・・

と言ったら語弊がありますが、

「その場所」

へ赴くことができました。

電車で「その場所」に近づいてくるとなぜか

ものすごく気持ちが落ち着き、幸せな気分に。

友人としばらく話をし、別れてから一人でぶらぶら

歩き回ったのですがなんだかものすごく幸福感

でいっぱいでした。

帰りの電車では、ここ2ヵ月位味わったことが

ないくらい熟睡でき、気持ちも体もすっきりしました。

なんだかとても不思議な体験をした気分でいっぱい

なのですが、心の要求に理由をつけず従うことの

必要性を感じた一日でした。

(iwase)

ゆるやかに時を過ごす

今月に入ってから年度初めだからというわけではないのですが、本業の仕事が慌ただしくなり、この状態が6月まで続きそうな感じです。

皆さんの中に該当する方がいると思いますが、私は季節の変わり目は気だるくなるので、疲弊困憊にならないように時間を見つけては、先月に琵琶湖へ行ったばかりですが、ゆるやかに時を過ごせるところへ行くようにしています。

先週は桜を観賞するために、埼玉の某所へ行きました。この場所は7年くらい前に、ある雑誌で穴場的な桜の名所と紹介されていたので、一度は行ってみたいと思ったのですが中々行くことができず、やっと昨年初めて行くことができて今年で2回目です。

昨年もそうでしたが今年も行ってみると、とても静かで桜をゆっくり観賞することができ、ゆるやかに時が過ぎていくのを実感できて癒されます。またベンチに座って読書や何も考えずに30分くらい経つと、睡魔が襲ってきそうなくらいです。

この場所へ疲弊困憊にならないように行くわけですから、ちょっとしたセルフケアみたいなものです。

いまの私にとっては春の行事のひとつみたいなものであり、慌ただしい状況の中で今年も行くことができた喜びを噛み締め、またゆるやかに時を過ごしたことは、とても贅沢なセルフケアだったかもしれません。

(大)

ソリューションフォーカスその3

東京では、桜も散り始めのところが出始める4月中旬、入社式、入学式も終わり新しい人生のスタートを切った人も多いことと思います。

私が社会人という3文字に希望を持って生活しだしたのは果たして何年前だったかと思う今日この頃、ソリューションフォーカスの3回目を書いてみようと思います。

3回目の今日は、「問題無視型」といいます。これは問題があってもその事を問題にしない、ということです。

そもそも悩みというのは問題が解決できないから発生するわけでして、問題にしなければ悩みはありません。

では、今日も私の持っている本から例をみてみましょう。

「人前でうまく話せないのが悩みである」という人はたくさんいると思います。この人は人前でうまく話さなければいけないと思っていて、うまく話せないことが問題だと感じます。

でも別に人前で話せいななくてもいい、それで死ぬわけではない、と思えればそれは悩みではありません。

悩みは問題は実は自ら作りだしている、という側面があるのです。だから問題を問題にしないのが一番です。

時々、「何であんなことでクヨクヨしたんだろう?」ってあとから思うことはよくありますよね。

それは自らが問題にしなくなったから、なんですね。

(もちろん問題が本当に解決することもあります)。

そんな簡単に割り切れないのが人間なんですが、SFAでは問題を問題にしなくなることで悩みを解決できるんですよ。

(誠)

『ゆるすということ』

「楽しく生きるための人間関係勉強会」の中で紹介する予定のひとつに“ゆるすということ”があります。参考にした『ゆるすということ』より次の文章を紹介いたします。怒りやねたみ、嫉妬ではなく、ゆるすということ、つまり愛や同感、思いやり、受容できる自分に気づき、変容することをひとつの目標としたいと思っています。

私たちが怒りを手放さずに他人を罰していると、結局自分も檻の中に閉じ込められるという事実をエゴは必死で隠しています。

「ゆるさないという思いは、心に穴を開ける」ということです。

ゆるさないでいると、喪失感や悲しみを味わい、安らぎや愛が感じられなくなるだけでなく、人づきあいができなくなり、人間同士のスピリチュアルな絆も断たれてしまうのです。

(おなけん)

物の見方。

今年に入って、「内観療法」の本を何冊か読みま

した。

その影響で「親」との関係を見直してみたくなり、

12年前に他界している父のこと、そして母に

ついても同様に考えてみました。

結果的には、人間って「してもらった」ことよりも、

「してくれなかった」ことの記憶が先にくるのだ

なあと改めて感じました。

「親なんだからしてくれて当たり前」

って思って、してもらったことに目を向けず、

してもらえなかったことばかりに目がいって、

関係がきぐしゃくしてしまっていたことに気づき、

はっとしました。

「してもらう」ことを当然などと考えないで、感謝

気持ちを忘れずに、

「何を相手にできるのだろう」

ということを常に考えられるようになりたいと、

強く感じました。

そうすると、あまりうまくいっていなかった母との

関係がなんとなくスムーズに。

そして、ここしばらく行っていなかった父の

お墓参りに行こうと思います。

・・・といいつつ、「内観療法」すべて受け入れて

いるわけではないのです。

「してあげたこと」についても考えるのですが、

「してあげる」というニュアンスがなんだか???

って感じで。

「してあげる」「してあげた」ってなんだか

上目線という感じで好きではないのです。

ま、こういうところは見ないことにして、取り入れ

られるところは取り入れて、これからもいろいろな

「療法」を勉強しつつ、自分にも取り入れていきたい

と思っています。

(iwase)

里帰りみたいな感じ

先月末に、琵琶湖がある滋賀県へ行ってきました。

7年ほど住んでいましたが、滋賀県を離れて10年以上の月日が経ちながらも行く度に感じることは、実家へ里帰りしてきた感じで、旅行と言う感覚は全くと言っていいほどありません。なんだか、おこがましいですが・・・。

なぜ行ってきたのか、その理由として、色々とお世話になった知り合いの息子さんが今春大学を卒業して社会人になる為(なった為)、彼に直接会ってお祝いしたいので行きました。

私が住んでいた頃は小学校の低学年だったのに、立派に成長した彼とお話をしていると、時のはやさを感じる一方で、あの頃の私は何を考えて生きていたのかと振り返ってみると、とても恥ずかしい記憶ばかりを思い起こしてしまいました。(笑)

私は必ず琵琶湖へ行くのですが、行く度に自分自身を振り返りながら、これからのことを考えたり、無心になったり、また行けば何かが発見できるのではないかなと思ったりしながら琵琶湖や周辺の景色を眺めています。

眺めていると自然に元気や自信が出てきたりして、自分の良い点や改善点など新たなる自己理解ができるようになってきます。

そう言う状態で元の生活に戻ると、いままで苦しいことやつらいことなどがどうでもよくなって、生意気ですが少し自己成長できたのではないかと思います。

(大)

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リフレッシュ

昨日まで、4日間沖縄に行ってきました。ので、土曜のブログがかけませんでした^_^;

仕事も残っているのですが、今年に入ってから自分自身がゆっくりする時間もなく、家族との旅行もしていなかったので、思い切ってお休みしました。最近自分で仕事をどんどん作ってしまっている傾向もあり、悪循環をうまく断ち切れた感じでもあります。

沖縄は、東京よりも10度以上高く、海開きはしていませんが、海水浴している人もいました。エメラルドグリーンの海やサトウキビ畑など、美しい穏やかな景色をみて、とてもやすらぎました。色々な人たちとも出会え、充実した時間を過ごすことができました。

煮詰まっているときは、思い切って休みをとるのは良いな、と思いました。戻ったらそれなりに何とかなるような気がします(*^_^*)

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(おなけん)


ソリューションフォーカス2

いや、東京は桜が満開です。このぼブログの最後に写真でも入れうようと

思ったのですが、なんせ撮影がヘタなんでやめておきました。

そんな春の日曜日の話題はソリューションフォーカスの2回目です。

先週の復讐で解決方法には3つがありましたね。

先週は原因追及型でした。

今週は、成功追及型について。

これは、原因を追及しないで、問題が解決し成功した状態を追及するというものです。

これはちょっと違和感を最初覚える方がいるかもしれません。

だって、問題を解決しないで成功は普通はないと考える場合が多いからです。

しかし実はそれは「思い込み」なんです!!。

ある参考書にこんな例がのっていました。

「衝動買いが問題である」→衝動買いするのにいちいち理由って考えませんね。

さらに、衝動買いをやめるために、衝動買いをする理由は必ずしもわかる必要がありませんね。

たとえばそんな場所に行かない、カードを持たない、などがやめる方法なんですが、このとき衝動買いする理由は必ずしもこれではないですよね。

こんなふうに成功方法へのフォーカスをして、原因追求はどうでもいいような考え方が

ソリューションフォーカスの成功追及型です。

ってそんなうまくいけ、誰も悩まないだろう?って。。。

そうなんですが、この方法、カウンセリングの有効な方法として認められているひとつなんんですよ。

(誠)

桜が咲き始めました。

満開まであと少しの桜を今日観ました。

まだつぼみの桜がもうぱんぱんでかわいい(笑)。

早く咲きたくてたまんないんでしょうね。

私はあまのじゃくなのか、満開の桜を観ると

なんだか切なくなります。

散ってしまうことを想像してしまうのでしょうね。

自分の物事に対する考え方が反映されている

気がします。

「今」よりも「先」を重視してしまうのでしょうか。

そんなはずではなかったのに・・・とちょっと

ショックだったりもした「お花見」でした。

でも桜だって、せっかくあれだけきれいに咲いて

いるのだから「今」を楽しんほしいってもし「気持ち」

があれば思うのでしょうね。

うん、そうだよなあ・・・・と、桜を眺めながら感じた

一日でした。

(iwase)

理想的な生活リズムを意識する

先々週までの脳に関してのまとめになりますが、これまで書かせていただいたことは一つの理想であって、実際私自身も完全に実行しているわけではありません。どちらかと言えば、できるところやできそうなところを少しずつ心掛けて実行しているところです(皆さん、ごめんなさい)。

日によっては夜に集中して書類等を作成しなければいけないことがあり、就寝時間が遅くなったり、ウォーミングアップをする時間もなく仕事に取り掛かなければならないことがどうしてもあります。それでも、これは仕方がないことであって、毎日百点満点の生活をする必要はありません。逆に完全を目指していると、それがプレッシャーとなり何らかのかたちで障害が出ることも有り得ます。

しかしながら原則として、このような生活が理想だと理解していることは大切です。そうでないと、いつの間にか正反対の生活に陥ることがあるからです。

これは脳の基本的な性質で、意志の強さは関係はないです。意志が強いために、アフター5をなくしたり、休日の過ごし方がわからなくて、結局は仕事をしていることが当たり前になり、不安定な生活になってしまうからです。

結局のところ、安定感のない生活は脳の活動も不安定にしますので、完全ではないにしても生活のリズムを意識してみることが重要です。

(大)

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