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人生を主役で生きるために

僕の手帳の後ろの余白には、自分が良いなと思ったり、同感したりした言葉が書いてあります。その中のひとつに「人生を主役で生きるために」があります。それは、

1.自分の価値と欲求を知っている。
2.責任をもって行動する。
3.まわりの人との関係を大切にする。
4.目標を立て、計画する。

というものです。特にすべての行動の責任は自分にあるということを意識しています。誰かが言ったから、誰かが喜ぶから、誰かのために、というのは責任が自分にはありません。自分の欲求を実現するものでもありません。
「誰かのために」というと良いように聞こえますが、「自分は辛くても相手のために」という想いでは、上手くいかなかったときは他人のせいにすることが大部分です。そして、カウンセラーとしてもこのような態度だと、すぐに相手に気づかれてしまいます。自分の責任がとれないのに、クライアントに自立・自律の行動を促すことはできません。

「不完全ではあるが自分のことが好き、だから人も好きになれる」といえます。自分を愛せない人が、人を愛することはできないでしょう。なぜなら、愛するということを自分で経験していないからです。それなしに人を愛していると思っている場合は、愛を「依存」「甘え」と取り違えている可能性があります。
それと、自分だけを愛しすぎる人もいますので、注意してくださいね。

自分を愛し、人を愛する。そうすると世の中が良くなる。

そんなことを思っています。

(おなけん)

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心理学基礎」カテゴリの記事

コメント

コメントありがとうございます。

朝露さんのように感じる方もいるだろうな、と思って書きました。「自己犠牲と思わない人も居る筈だし、自分より相手を大切にする人だって居る筈」そうだと思います。

僕は別にどのような考え方をしようと自由だと思っています。ただ、「人のため」「誰かのため」と理由で、自分の存在意義や動機付けをしていると辛いと感じる人が多いと感じているからです。「他者評価」「他者依存」を自分以上に重視しすぎて、生き辛いというのは、自分の人生を責任をもって生きているのか、という疑問があったからです。

幸せであるなら良いんです。ただ、上記のような感じを持っている人は、自分を愛してください、と述べたいだけです。そして、すべては自分で決めることです。私の意見は意見として受け止めていただければと思います。

朝露さん、感想、ありがとうございました。

自分を愛せないのに、人を愛すことが出来ない
言い換えれば、自分を大切にできないのに、人を大切にできないとも言えますよね
自分が解らないのに相手のことが解る筈が無い
果たしてそうでしょうか・・・・。
屁理屈ととられそうですが、自己犠牲しても相手を思いやる、相手を愛する、大切にする
自己犠牲と思わない人も居る筈だし、自分より相手
を大切にする人だって居る筈
我慢でも自己犠牲でもなく
どうも、自己理解出来た分だけ他者理解が出来る
この言葉がしっくりとこない

自分を愛せないのに、人を愛すことが出来ない
言い換えれば、自分を大切にできないのに、人を大切にできないとも言えますよね
自分が解らないのに相手のことが解る筈が無い
果たしてそうでしょうか・・・・。
屁理屈ととられそうですが、自己犠牲しても相手を思いやる、相手を愛する、大切にする
自己犠牲と思わない人も居る筈だし、自分より相手
を大切にする人だって居る筈
我慢でも自己犠牲でもなく
どうも、自己理解出来た分だか他者理解が出来る
この言葉がしっくりとこない

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