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存在を認めることの大切さ。

「この言葉を思い出すと頑張れる」
そんな言葉、ありますか?
歌でも映画の台詞でも、誰かに言って
もらった言葉でも。
思い出すとうれしくなったり元気になったり
出来る言葉があると、つらい場面に遭遇して
も乗り切れる。言葉とはすごい力があります。

メールでの言葉などは、私はそのまま残して
いて、何かあるたびに見ています。
お守り代わりですね(笑)。

これからはちょっと自慢になります。
ま、たまには自慢させてください(笑)。
店を始めて今3年目になります。いろいろな
問題にぶち当たる時らしいのです、3年目は。
もちろん落ち込んだり泣いたりわめいたり、
いろいろあるものの以前とは何かが違って
います。きっとへんな焦りはなくなっているの
かな、と自分では思います。そのきっかけは
あるお客様からの言葉だと思います。

実は2年目まではすごい焦りがありました。
自分の店の存在を感じられない・・・という焦り
です。お客様がいらっしゃってくださること
によってなんとなく感じられる店の存在感も、
一旦なんだかの問題にぶち当たると、

「もしこの店が今なくなったとしても、
『あれ、きのうまでここ、なんかあったよね』
位にしか誰もが思ってくれないくらいの存在だし。」
などと、めちゃくちゃネガティブになってしまっ
たり。丸2年、そんな状態が続きました。
その間、なんとか店の存在を感じようと、いろいろ
な媒体(雑誌やネット)に載ることによって
客観的に「店」の存在を感じ、安堵することが
多かったです。
自発的ではないため虚しさはあるものの、それで
いいと思っていたりしました。

そんな状態で3年目に突入する時に、あるお客様
よりいただいた言葉があります。
おそらくその言葉で私は、
「この店は存在している」ということを実感でき、
今ではその種の焦りはなくなったと思っています。
その言葉とは、
「いつもの店にいつものオーナーが居る。そんなこと
が私にとって最高のサービスだったりします。」
これでした。

もうすごくうれしかったです。泣くくらいうれし
かったです。お客様に迷惑をかけることもあるし、
逆にお客様の言動に落ち込んだりも。全くだれも
来ない日があったりしたときには店だけでなく自分
自身の存在も疑ってみたり。
「きっと店も私の姿も誰の目にも映ってないんだよ
なあ」などと、かなり悲観的になったりもしました。
しかしこの言葉を目にしたとき、
「店や自分の存在、それだけを純粋に理解して
くれている人もいた。この人はちゃんと存在して
いる人。その人に理解してもらってるということは
この店も私も存在しているってことだよな。」
そう初めて感じることができた気がしました。

自分の存在を映してくれる人がいるということは
力になります。自分の存在が希薄に感じることは
誰にでもあることかもしれません。
それゆえ気持が沈んだり、最悪、犯罪を犯すことで
自分の存在意義を誇張するような事件も後を絶ちません。
その人の「存在」をきちんと認めること。
この大切さを体感できたことはきっと大きな自分の
財産になると思っています。     (iwase)

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