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2007年7月22日 - 2007年7月28日の6件の記事

メールカウンセリング勉強会

8月17日(金)18:30~21:00に、「メールカウンセリング勉強会」をします。
今回の講師はサイコロネットの代表にお願いいたしました。
「メールカウンセリング」の現状などの初歩的なことから、書き方の初歩的なこと等を勉強します。
サイコロネットでは「メールカウンセリング」や「メールカウンセラー養成講座」を実施されており、メールカウンセリングの実状を教えていただくには最適と思います。
ぜひこの機会にご興味のある方は、お気軽にご参加ください。お申込み等につきましてはこちらよりお願いいたします。

(おなけん)

論理療法の創設者・エリス死去

今日、アルバート・エリスが亡くなられたことを知人に教えていただきました。2007年7月25日(水)付けの新聞に出ていました。

アルバート・エリス氏(米臨床心理学者)24日、ニューヨークの自宅で死去、93歳。死因は心臓や腎臓の機能不全。現代を代表する心理療法家の一人で、理性感情行動療法(REBT)創始者として知られる。1950年代にREBTを発展させた。著書の邦訳として「怒りをコントロールできる人、できない人-理性感情行動療法(REBT)による怒りの解決法」などがある。(ニューヨーク共同)

REBTの有用性は、エリス氏自身の長命によっても証明されていると思っていました。できることなら100歳まではと思いましたが、糖尿病等を患いながら、93歳ですから、やはりすごいです。日本では「論理療法」という名で知られているので、理屈ぽく感じる人もいるかもしれませんが、きわめて人間性を重視した、やさしさと暖かみのある療法だと、私は感じています。

当サークルでは、今後「論理療法」についての勉強会も開催させていただく予定です。

(おなけん)

モンスターピアレント

モンスターピアレントという言葉を、今日家内からはじめて教えてもらいました。自分勝手に振舞う親、非常識な親のことを言うのだそうです。ワイドショーで取り上げられているそうです。給食費を支払わないことから端を発しているようです。

困った親が目に付くことは確かです。きちんとしている親の方が多いのですが、困った人は目立つし、面白いのでテレビでは取り上げられているようです。

家内はこのような報道に対して「怒り」を表していました。「ちゃんとした親がたくさんいるのにみんな同じように扱われて…<(`^´)>。コメンテーターは最近の親はと言うし…。努力している親のことも報道して欲しい…」と。

私は「努力している親のことは報道しないんじゃないの。報道は犬が人を噛んでもニュースにしないけど、人が犬を噛んだらニュースになるのと一緒だよ。報道されなくなったら、それが常態化していることだから、それの方がもっと恐いよ」と。

さらに「報道に腹を立てたって、何も良いことないよ。親はよくやっているよ、と言われたいの」と言いました。

「言うことはわかるけど……。不愉快」とのこと。

そんなことに心奪われるのは無駄だし、もったいないと思うのですが、それは飲み込んでおきました。

確かに、自分さえ良ければ良いという人は増えていると思います。それに対して、何ができるかを私たちは考えて、行動しなくてはならないと思います。

(おなけん)

新聞掲載

勉強会に参加していただいた方々からの声に、当サークルへの勉強会への参加には「なんとなく不安だった」というものがありました。
住所等の記載がないためということでしたが、現在、当サークルは、NPOへの申請手続きを行っております。
また、過去に多数の方にご参加いただいてありますので、ご安心いただければと思います。
前回、徳島の方に尽力いただいて、新聞にも取り上げていただきました(
2007年(平成19年)徳島新聞5月2日付の記事)。
ぜひ気軽にご参加いただければと思います。

加えて、産業カウンセラー学科試験対策講座を、群馬県高崎と徳島市にて実施させていただくことになりました。日程等は追ってご案内いたしますので、よろしくお願いいたします。

★7月29日(日)10:00~16:00の『傾聴/聴き方勉強会』の残席がございます。ご検討のほどお願いします。少人数制ですので、じっくりと傾聴を身に付けることができます。詳細はこちら

(おなけん)

相も変わらず

今週の日曜日は参議院選ですね。最近の選挙は、「行っても、行かなくても、どうせ変わらない」「入れるところがない」というような全体の雰囲気を感じます。気概をもった政治家がいないからのような気がします。いっそ裁判員制度のように、抽選か何かで選んだ方が良いのではないかと思います。今の状態に、国民の代表性を見ることはできないのではないでしょうか。とりあえず選挙には行きますが、期待薄です。自分たちで変わらなくてはと、改めて痛感しています^_^;

安岡正篤『人生と陽明学』に以下のような記述がありました。

…今は国民の運命を最も直接、且つ強力に支配するものは政治である。そして政治家によって立案・企画された政策・政務を事務的に取り計らうのが役人であるから、従って政治家・役人が最も国家・民族の連命を握るものである。

その役人とか政治家というものが今どうなっておるか。これだけ文明が進歩したのであるから、これも余程進歩しておるのかというと、これが又ご多聞にもれず内容がなくなってしまって、実に目に余るような頽廃・無能振りを発揮しております。

昔は政治家にでもなるということは、私生活を犠牲にするということであった。だから井戸塀という言葉がいまだに残っておるように、どんな大家の御曹司でも、 一度政界に乗り出したら最後、家も蔵もなくなってしまって、井戸と塀だけしか残らなかったという。これは国民の常識であったし、それだからこそ政治家は尊敬されたのであります。

しかしそういうことは今はまるで夢物語であって、もしなくなるとすれば、選挙に敗けた時くらいのもので、内容は似ても似つかぬことになってしまいました。…

昔から、相も変わらずのようです。井戸塀の言葉からすると、二世議員は登場できないんですけどね(ーー;)

(おなけん)

「自分」になるということ

最近、私の周りでの相談・話に、愚痴のようなものが多くなってきています。
上司が、同僚が、部下が、妻が、夫が………、気に入らない、思うように行動してくれない、認めてくれない、何もしてくれない、………。

こうなってくると、「で、あなたは」と聞きたくなります。心のエネルギーが大きい人には、そう聞けますが、そうでない人との話しは難しいです。自分が悪いと思っていることによって、調子が優れない人は内省され、自己理解に進むことが比較的容易です。しかし、何でも他人のせいにする人に、自己理解や行動変容を促すことは難しいです。自分が正しいと思っているので、なかなか自分にも非がある、あるいは変えようという気にはならないようです。

自分に目が向きすぎる人は「自己中心的」であり、他人のせいにする人は「他者依存的」です。「自分」という言葉は、「自」と「分」からなっており、「自」己と、他人と共存するための部「分」とからなっています。
部分の方に自分を近づけると、他人のことに目が向きすぎる傾向があります。自己が強すぎると、何でも自分が悪いとなり、部分が強すぎると、他者への期待が強すぎ、他者への不平不満が出てきます。いずれにしても自分の気持ちは安定しません。自分になるためには、自分を信じ、内省し、かつ他者を信じ、頼ることだといえます。つまり、「自」と「分」のバランスを取ることが大切ということです。

人生の主人公は「自分」です。自分が決めて、自分で行動する。そういう生き方を心がけて欲しいと思います。

(おなけん)

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