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心照古教

数日前に書いた「本に読まれてはいけない」という内容のことを、どこがで読んだな、と思っていたのですが、その本を見つけたので、その一文を紹介します。

安岡正篤『活学としての東洋思想』より

本の読み方には二通りあって、一つは同じ読むといっても、そうかそうかと本から終始受ける読み方です。これは読むのではなくて、読まれるのです。書物が主体で、自分が受け身になっている。こっちが書物から受けるのである、受け取るのである。つまり吸収するのです。自分が客で、書物が主。英語で言えば passive です。もっと上品に古典的に言うと「古教照心」の部類に属する。しかしこれだけではまだ受け身で、積極的意味に於て自分というものの力がない。そういう疑問に逢着して、自分で考え、自分が主になって、今まで読んだものを再び読んでみる。今度は自分の方が本を読むのです。虎関禅師は、「古教照心、心照古教」と言っておるが、誠に教えられ考えさせられる、深い力のある言葉です。自分が主体となって、自分の心が書物の方を照らしてゆく。

(おなけん)

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