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相も変わらず

今週の日曜日は参議院選ですね。最近の選挙は、「行っても、行かなくても、どうせ変わらない」「入れるところがない」というような全体の雰囲気を感じます。気概をもった政治家がいないからのような気がします。いっそ裁判員制度のように、抽選か何かで選んだ方が良いのではないかと思います。今の状態に、国民の代表性を見ることはできないのではないでしょうか。とりあえず選挙には行きますが、期待薄です。自分たちで変わらなくてはと、改めて痛感しています^_^;

安岡正篤『人生と陽明学』に以下のような記述がありました。

…今は国民の運命を最も直接、且つ強力に支配するものは政治である。そして政治家によって立案・企画された政策・政務を事務的に取り計らうのが役人であるから、従って政治家・役人が最も国家・民族の連命を握るものである。

その役人とか政治家というものが今どうなっておるか。これだけ文明が進歩したのであるから、これも余程進歩しておるのかというと、これが又ご多聞にもれず内容がなくなってしまって、実に目に余るような頽廃・無能振りを発揮しております。

昔は政治家にでもなるということは、私生活を犠牲にするということであった。だから井戸塀という言葉がいまだに残っておるように、どんな大家の御曹司でも、 一度政界に乗り出したら最後、家も蔵もなくなってしまって、井戸と塀だけしか残らなかったという。これは国民の常識であったし、それだからこそ政治家は尊敬されたのであります。

しかしそういうことは今はまるで夢物語であって、もしなくなるとすれば、選挙に敗けた時くらいのもので、内容は似ても似つかぬことになってしまいました。…

昔から、相も変わらずのようです。井戸塀の言葉からすると、二世議員は登場できないんですけどね(ーー;)

(おなけん)

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