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「自分」になるということ

最近、私の周りでの相談・話に、愚痴のようなものが多くなってきています。
上司が、同僚が、部下が、妻が、夫が………、気に入らない、思うように行動してくれない、認めてくれない、何もしてくれない、………。

こうなってくると、「で、あなたは」と聞きたくなります。心のエネルギーが大きい人には、そう聞けますが、そうでない人との話しは難しいです。自分が悪いと思っていることによって、調子が優れない人は内省され、自己理解に進むことが比較的容易です。しかし、何でも他人のせいにする人に、自己理解や行動変容を促すことは難しいです。自分が正しいと思っているので、なかなか自分にも非がある、あるいは変えようという気にはならないようです。

自分に目が向きすぎる人は「自己中心的」であり、他人のせいにする人は「他者依存的」です。「自分」という言葉は、「自」と「分」からなっており、「自」己と、他人と共存するための部「分」とからなっています。
部分の方に自分を近づけると、他人のことに目が向きすぎる傾向があります。自己が強すぎると、何でも自分が悪いとなり、部分が強すぎると、他者への期待が強すぎ、他者への不平不満が出てきます。いずれにしても自分の気持ちは安定しません。自分になるためには、自分を信じ、内省し、かつ他者を信じ、頼ることだといえます。つまり、「自」と「分」のバランスを取ることが大切ということです。

人生の主人公は「自分」です。自分が決めて、自分で行動する。そういう生き方を心がけて欲しいと思います。

(おなけん)

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